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Janne Da Arcまで…突然の解散・活動休止を告げた音楽グループ

 『月光花』(2005年)などのヒット曲で知られる5人組ロックバンドのJanne Da Arcが、4月1日に解散を発表し、音楽業界に衝撃が走った。  ボーカルのyasuがAcid Black Cherryとして活動するなど、2007年を境に各メンバーがソロワークを始め、もともと休止状態にあったJanne Da Arc。だがこの度、ベーシストのka-yuが「Janne Da Arcよりも大事にしたいものが見つかった」との理由で脱退し、正式な解散へと至ったのである。
DAMIJAW

ka-yuは2010年にDAMIJAWというソロプロジェクトを立ち上げたが、こちらも2016年から活動休止中だった(画像はDAMIJAW公式サイトより)

 もっともka-yuに関しては昨年、“もしも全て事実であるなら、社会的正義から著しく反する行為”だという内容証明郵便が所属事務所に届いていたとのことで、話はそう単純ではなさそうだ。ソロ活動を見守りながらも、5人が再びステージに揃うのを心待ちにしていた長年のファンたちからすれば、エイプリルフールの嘘であってほしかったはずだろう。  そこで今回はJanne Da Arcのように、突然の解散や活動休止で世間を驚かせた音楽グループたちを振り返っていきたい。

レベッカ:ハードスケジュールに忙殺され、音楽作りが困難に

 まずは2015年に再結成し、同年の『第66回NHK紅白歌合戦』では代表曲「フレンズ」を披露して存在感を示したレベッカだ。  1982年に結成のレベッカは、1985年発売の4thアルバム『REBECCA IV ~Maybe Tomorrow~』がミリオンヒット。横須賀新港埠頭での野外ライブ(1987年)や東京ドーム公演(1989年)など、5万人以上を動員できるだけの集客力を誇っていたのだが、その人気が衰える気配もないまま1991年に解散している。  再結成後のインタビューでボーカルのNOKKOとキーボードの土橋安騎夫が回顧したところによれば、当時は怒涛の仕事ラッシュのため、楽曲制作に専念できなくなっていたらしい。深夜に電話を通じて曲作りのやり取りをすることもあったほどで、解散とは、そんな状況に区切りをつけて前へ進むための決断だったという。

BARBEE BOYS:外側からは順調に見えても、メンバー間に軋轢が?

 続いてはレベッカと同じ1982年に結成された、KONTAと杏子の男女ツインボーカルが印象的なBARBEE BOYSだ。  最も売れたシングル「目を閉じておいでよ」(1989年)であっても約16万枚のセールスなので、数字だけを比べるとレベッカに見劣りしてしまうが、1988年にはレベッカよりも一足先に東京ドームでのライブを成功させている。それだけコアなファンが多かったバンドだといえるだろう。  そんなBARBEE BOYSは、1992年に解散。ギター担当でありリーダーでもあったイマサ(いまみちともたか)いわく、彼らの所属事務所はメンバーをあえて“分断”させることでバンドを手なずけようとしていたそうなのだが、どうやらエスカレートしすぎたようだ。彼は解散ライブの最後のMCで、事務所の人間を皮肉るかのごとく「ギャフン」と言い残している。

THE BLUE HEARTS:ラジオ出演中、冗談めいたノリでまさかの解散発表

 次は、日本のパンクロックを語るときには必ず名前が挙がるTHE BLUE HEARTS。1987年のメジャーデビュー曲「リンダリンダ」は、カラオケで熱唱する人々が今なお後を絶たないアンセムだ。
thebluehearts

今は懐かしき8cmシングル。ドブネズミを美しいと形容するなど、その歌い出しはあまりにも有名だ(画像はトライエムから発売された「リンダリンダ」CDジャケット)

 彼らの解散発表は、メンバーが出演していた1995年放送のラジオ番組内で、ボーカルの甲本ヒロトの口からさらっと告げられた。MCに今後の予定を尋ねられた甲本が「今決まっているのは解散ぐらい」と答え、当然ながら冗談扱いされるも、彼らは本気だったのである。  解散の一因は、甲本がバンドを抜けようとしたこと。彼にとっては、1993年に5ヶ月間隔でリリースした6thアルバム『STICK OUT』と7thアルバム『DUG OUT』が会心の出来だったそうで、それが逆にTHE BLUE HEARTSの限界を思い知る結果になってしまったのだろう。これぞまさに、“伝説のバンド”と呼ばれるにふさわしい終わり方?
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