更新日:2023年03月28日 10:33
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人は気づかぬうちに“自分らしさ”を失っていく。漫画家・鳥飼茜インタビュー

――“喪失”をテーマにしようと思ったきっかけを教えてください。 鳥飼:自分の中で、この喪失の感覚を、それが何とはハッキリ言語化できないまま、いつか何かの形にしなくてはという思いがずっとあったんです。ただ、連載が始まった当初も“喪失を描こう”とはまだ明確になっていなくて、描いているうちに気づいてきました。 ――本作に登場する男性・アオイは失恋という“初恋の人の喪失”によって自死し、物語が進んでいきます。前作『ロマンス暴風域』では、主人公の男性に実在のモデルがいましたが、今作でも鳥飼さん自身に、同様の体験はあったのでしょうか? 鳥飼:ありました。もちろん厳密に同じではないけど、友人の男性が、私の知る限り失恋をきっかけに自死しました。このことはまだ自分の中でうまく処理できていなくて、傍から見たら「失恋なんかで」「もっといい人が他にいくらでもいただろうに」って思うかもしれません。  彼が死んだ今、真相はわからない。生きていたとしても、生きている彼は、彼が私に見せたい姿の彼なので、本当の本心はわからない。けど、「喪失には人を殺す力がある」ということもしっかり描いて行かないといけないと思っています。 ――単行本化にあたって大幅加筆をされたと聞きました。 鳥飼:思い入れが強いというのもありますが、もっと読者にとってわかりやすくなるように、セリフの直しやコマの入れ替えなどで30ページ近く描き足していて、今までにないくらいの加筆になりました(笑)。 『スピリッツ』の担当編集に「これだとわかりません」「これはどういう意味ですか?」「どうしてですか?」ってしつこいくらいに確認されて、これまで以上に「展開や意図のわかりやすさ」を意識するようになりましたね。なので単行本は、連載で追ってくださっていた方にも新鮮な気持ちで読んでもらえるんじゃないかと思います。 ――特にお気に入りのシーンがあれば教えてください。 鳥飼:理津子が駐車場で全力ダッシュする単行本オリジナルのシーンですかね。彼女がずっと閉じ込めてきた心の叫びを描けたんじゃないかと思います。 ――タイトルの『サターンリターン』は、占星術用語で“土星回帰”という意味ですが、どのように決まったのですか? 鳥飼:最初は、“生と死”そして“喪失”と、息苦しくて圧迫感がある物語なので、せっかくならタイトルも常軌を逸した感じにしようと思って、小説の一節をそのままタイトルにしたかのような、超長い案を考えてたんです。でもそれはボツに。あ、表紙の右上と左下にある長い文章はボツになったタイトル案の1つです(笑)。  結局、副題として考えていた『サターンリターン』が、回帰という言葉の意味も通じるところがあるし、青年誌っぽいということでいいだろう、ということで決まりました。 ――最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。 鳥飼:“性と暴力”の現実を描くということ、鉛筆での描画、男性週刊誌での連載、SF作品など、自分の描き方や表現の枠を取っ払って、色々と実験的な試みをさせてもらいました。『サターンリターン』は、これまでの集大成的となる多重構造の作品だと思っています。苦手でこれまでは描くことを避けてきた漫画っぽいイケメン(作中の編集者・小出)も描いたので、ぜひ読んでみてください!  第一巻から、重厚な心理描写と伏線、エモい情景、繊細な言葉、ダイナミックな場面展開と新しい鳥飼ワールドがさく裂している『サターンリターン』。脳内がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚と共に、喪失に思いを馳せてみてはいかがだろうか。 【作者プロフィール】 鳥飼 茜 ’81年、大阪府生まれ。’04年デビュー。『スピリッツ』(小学館)で連載中の『サターンリターン』第1巻が発売したばかり。既刊には、『地獄のガールフレンド』(全3巻、祥伝社)、『先生の白い嘘』(全8巻、講談社)を代表作にもつほか、『前略、前進の君』(小学館)や『ロマンス暴風域』(全2巻、小社刊)などがある。『鳥飼茜の地獄でガールズトーク』(祥伝社)、『漫画みたいな恋ください』(筑摩書房)など、文筆業も精力的にこなす。
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週刊SPA!7月23日発売号(7月30日号)では、作品にも深くつながる鳥飼氏の夫婦生活や思いについてのインタビューを掲載しているので、そちらもチェックを。
サターンリターン

今読むべき、様々な「喪失」を描いた問題作

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