更新日:2023年05月13日 09:51
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東京五輪で化学テロが起きたら…解毒剤を注射するのは医師ではなく自衛官か

その73 東京五輪でサリンも含むテロ対策が! でも……

厚労省がテロ対策で医師以外に医療行為の一部を認める

自衛隊

自衛隊公式Facebookより

 あっという間に1年は過ぎて、12月のクリスマスツリーの季節になりました。来年は東京五輪の年です。五輪を迎えるにあたって、はしゃいでばかりはいられません。外国からたくさんのお客様がくるということは、それだけテロや犯罪に対する警戒強化をしなければならないということです。  11月15日付の産経新聞に「化学テロ対策、医師以外も解毒剤注射 五輪控え、厚労省会議が了承」という記事が掲載されました。サリン散布などの化学テロ発生時、研修を受けた消防隊員、警察官、自衛隊員、海上保安官が汚染地域や準汚染地域での対処として解毒剤注射を行うことが検討されています。注射や点滴ができるのは医師や看護師に限ると法律で決まっていましたが、医師法の解釈で権限を拡大し五輪の非常時の警戒にあたるということです。  これは、原則、研修を受けた自衛隊員や消防隊員などの公安職の公務員が対象です。テロ現場直近の「ホットゾーン」(汚染区域)や、負傷者がいる「ウォームゾーン」(準汚染区域)等の特殊な場所にも防護服を持っている自衛隊員たちは入っていくことができます。ホットゾーンで生死の境にいる人たちへの緊急対処ができれば、多くの人を助けることができるでしょう。確かにこの試みは必要だと思いますが、不安な部分もあります。

「慎重投与が必要」な解毒剤を医師免許のない隊員に扱えるか?

 これからどれほどの研修が行われるのか、すべてはその内容にかかっていると思います。サリンの解毒剤注射は「注射」のなかでも、かなりハードルが高いのです。いきなり難易度が高い「解毒剤」の注射の話に、該当の隊員たちはさぞかし不安ではないかと思います。自衛官には防衛医大や自衛隊病院に医官や看護師といった資格を持っている人も多数いますので、医官が中心となれば可能かもしれませんね。  実は地下鉄サリン事件が起きたとき、聖路加国際病院に応援に行っていた自衛隊の医官がまっ先にこの症状は「サリン」ではと気づきました。それを病院の神経外科医に告げたことが治療方針に大きく影響し、たくさんの人を救えたことはあまり知られていません。自衛隊病院の医官が地下鉄サリン事件で活躍していたことを知る人もまだまだ少ないようですから、この機会にぜひ知っておいてほしいものです。  さて、化学テロ対策の前提となっている「サリン」という化学兵器を例にとって説明します。「サリン」に対する解毒剤は「PAM」です。有機リン系農薬の中毒に効く、この薬の注意書きには「慎重投与が必要な薬」とあります。  このPAMという解毒剤は、「暴露後、速やか、かつ十分な量の投与が不可欠」であり、「投与スピードが速いと嘔吐や頻脈を誘発してさらに危険な状態」となる薬です。ただでさえ、神経ガスは命にかかわります。急造の施術者に被害者の症状を見ながら適切な投与スピードで適切な頻度で注射ができるのでしょうか? 医師免許のない隊員に正しい判断ができるでしょうか? そしてもし、その処置が適切でなかった場合、隊員は過失致死で訴えられる危険はないでしょうか?  命に関わる場面だからこそ、「免責」を保障しなければ、注射ができない気がします。しかも、「農薬中毒の場合 1日に2本程度」の投与のところ、サリンは毒性がずっと高いためたくさんの薬剤を必要とします。被害者の中毒の度合いによってさまざまでしょうが、一説では「サリンに対しては1時間に2本以上の投与量が必要だった」という話があります。  しかも、PAMは皮下注射ではなく、静脈注射での投与です。血液検査をした事がある人はご存じかと思いますが、血管が細い幼児の静脈注射はうまくいかず、何度も刺される場合があったという話を聞きます。血液検査の静脈注射で失敗されて、しばらく内出血になった経験が私にもあります。
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米国では“素人”でも打てる解毒剤の注射器を準備
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おがさわら・りえ◎国防ジャーナリスト、自衛官守る会代表。著書に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)。『月刊Hanada』『正論』『WiLL』『夕刊フジ』等にも寄稿する。雅号・静苑。@riekabot


自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う

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