発送元の業者を直撃してみたが…
取材班はこの業者の実態に近づくため、実際に商品を注文してみた。オピオイド系医薬品を購入することは倫理的にはばかられるうえ、向精神薬の類いは購入者側も法に問われる可能性があるため、購入者が処罰の対象とならないバイアグラのジェネリック「シルデナフィル錠」、ホルモン剤の「ホーリンV膣用錠」、ステロイド系抗炎剤「ベクロメタゾン点鼻液」という3つの処方箋医薬品を注文し、総額約2万7000円をウィーチャットペイで決済。シルデナフィル錠は自由価格だが、残りの2つは、公定薬価の倍以上という強気の価格設定だった。
国内にスピーディに発送された
商品は、送金の翌々日に宅配便で配達された。それぞれの商品を見てみたが、いずれも国内向けの正規品のようだ。送り状には発送元住所が購入者と「同上」とされており、業者の住所を知ることはできなかった。
取材班が実際に購入した処方薬。未開封新品の状態だった
しかし取材班は、ウィーチャット上にアップされた写真から、埼玉県内の住所が書かれた複数の送り状を確認した。さっそく調べてみると、医薬品卸販売会社・S社がヒット!
実際に足を運んでみると、そこはアパートのシャッターが下りたまま。ノックしてみるも応答ナシ。アパートの郵便受けには、中国系の名前ばかりが書かれていた。また、S社のHPにあった電話番号にかけてみるも、応答はなかった。ちなみにこのS社をめぐっては、事件も起きていた。地元紙によると昨年9月、同社事務所兼倉庫にアジア系外国人が押し入り、医薬品の在庫を盗もうとしたものの現場にいた従業員のスマホだけを奪って逃走したというのだ。
いったい、S社は何者なのか。
「劇薬から向精神薬まで入手できるうえ、個人を相手に横流しているとなると、現金問屋でしょう」(医療情報サイトの関係者)
現金問屋とは、医療機関のダブついた医薬品の在庫を現金で買い取り、同じ医薬品を割安で買いたい別の医療機関に転売するというニッチビジネスだ。
「医薬品卸売業の許可さえあればそれ自体は合法です。しかし最近、経営に行き詰まった現金問屋が、中国系に身売りするという動きがある。ドラッグストアでの爆買いで有名なように、中国では日本製の医薬品の需要がかなり高い。処方薬の人気も高く、中国向けに越境ECで販売したり、在日中国人向けに転売すると儲かるので参入も多い。これもそのうちのひとつでしょう」(同)
一般社団法人メディカルジャーナリズム勉強会の調査報道チーム編集長・村上和巳氏は、現金問屋の一部が、裏稼業に手を染めかねない背景について話す。
「従来の現金問屋のビジネスモデルが成立しなくなってきていることが背景にあるのでは。医薬品の管理にもITが導入され、過度な在庫を抱えたり、逆に在庫が足りなくなったりといった偏在が起きにくくなっているんです。また、医療機関や薬局をオンラインで結び、在庫を融通し合えるようなシステムもできました。現金問屋の出番はなくなってきているのです。
もともと現金問屋は最大手でも年商1億円もいかないほどのニッチ産業。苦境にあえぐ現金問屋のなかに医薬品の横流しをする者がいても不思議ではない」
実際、取材班がウィーチャット上で「医薬品転売」などのキーワードで検索したところ、同様に処方箋医薬品や向精神薬を転売するアカウントやグループチャットがいくつもヒットした。このままでは日本にも米国のオピオイド・クライシス同様、麻薬に代わる処方薬がまん延することになるかもしれない。対策が急がれる。
・ハルシオン……強力な睡眠導入剤。眠剤遊びが社会問題となり、診察で不眠を訴えても簡単には処方されなくなるも眠剤フリークには根強い人気
・デパス……うつ病患者に使用される抗不安薬だが、依存や濫用が問題となり,16年より麻薬及び向精神薬取締法における第三種向精神薬に指定
・マジンドール……高度肥満症の治療に用いられる食欲抑制薬だが、ダイエット目的に濫用する者も。,15年には医師による中国人への横流し事件もあった
・オプジーボ……がんの免疫療法に用いられる点滴薬。公定薬価で100㎎が17万円超と高価。在庫買い取りなど割安に仕入れられた時の利益は大きい
・シルデナフィル錠……バイアグラのジェネリックで自由価格だが、EDクリニックでは800円前後で処方。海外からの個人輸入も可能だが偽物も多い
<取材・文・撮影/週刊SPA!編集部 図版/佐藤遥子>
※週刊SPA!2月4日発売号より