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“普通の幸せ”は努力で手に入る、という偏見。崩壊家庭で育った私が思うこと

「普通の家庭を作りたい」、でも作れない人たち

 貧困や機能不全家族の問題は、何世代も前の祖先から続いていることもあります。そうした家族には、問題から脱出するための経済資本・知的資本・文化資本を持つ親類が存在せず、もはや「個人の努力」では抜け出せない悪循環にはまってしまっているというわけです。 女性の涙 機能不全家族に生まれ育った人たちは、外部の介入がないかぎり「普通の幸せな家庭」を作りたくても作れない人がほとんどです。  わざわざ地獄を作って、自分の子どもを苦しめようとしているわけではありません。 「少し努力すれば普通の幸せな家庭は作れるはず」といった言葉や「“毒親”は努力をしてこなかった」などというレッテル貼りは、地獄の中で必死にもがいて、「普通の家庭を作りたい」と懸命に生きている人々を踏みつける行為です。 「普通の家庭を作りたいけれどうまくいかない人たち」に足りないものは努力ではなく、支援です。極限状態にある家庭は、閉鎖的で社会でも孤立しがちな傾向にあります。第三者の介入がないかぎり、適切な治療を受けることも、虐待を発見することもできません。  彼らは、根性論ではどうにもならない複雑な問題を抱えているのです。  何かに困窮している人たちを「努力している、していない」で切り分けることは、自己責任論につながる根源的な間違いではないでしょうか。 <文/吉川ばんび> 1991年生まれ。フリーライター・コラムニスト。貧困や機能不全家族、ブラック企業、社会問題などについて、自らの体験をもとに取材・執筆。文春オンライン、東洋経済オンラインなどで連載中 twitter:@bambi_yoshikawa
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