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寝台特急「サンライズエクスプレス」に乗ってみた。1週間前にチケットはほぼ完売?

シャワールーム

 22時34分、岡山を発車。私が乗車するソロはまだ空室があり、関西(上り列車は姫路、三ノ宮、大阪に停車)からの需要が高いことを表している。東京方面の夜行高速バスが出たあとに、寝台特急〈サンライズ瀬戸・サンライズ出雲〉東京行きが発車するのだろう。
3・10号車のシャワールーム

3・10号車のシャワールーム

 購入したシャワーカードを持って、シャワールームへ。中でシャワーカードを差し込むと、シャワーが使用できる。お湯が出る時間は6分間で、緑のボタンを押すと制限時間が短くなる仕組みだ(赤のボタンを押すとお湯が出なくなり、制限時間も止まる)。ちなみに、私が使用したときは約2分余った。  お湯は絶妙な温度に設定されているほか、ボディーソープ、リンスインシャンプー、ドライヤーが備えられており、快適。使用後はシャワールーム洗浄ボタンを押し、次の人も快適に使えるよう努めておきたい。

数奇な運命をたどった双方の列車

 多くの乗客が就寝したと思われるところで、双方の列車を紐解いてみよう。  鉄道省(のちの国鉄、JRグループ)時代の1947年6月29日(日曜日)、準急〈いずも〉が大阪―大社間の列車としてデビュー。終点の大社は出雲大社の最寄り駅であった。  3年後、1950年4月1日(土曜日)、今度は急行〈せと〉が東京―宇野間の列車としてデビュー。当時、本州と四国はつながっておらず、宇高連絡船が“架け橋”を担っていた。奇しくも1956年11月19日(月曜日)より漢字の〈瀬戸〉〈出雲〉として再出発した。  急行となった〈出雲〉は東京―浜田間の運転に変更され、東京と山陰地方を結ぶ役割に変わり、急行〈瀬戸〉は現行通りであった。
瀬戸内海をイメージした寝台特急〈瀬戸〉の絵入りヘッドマーク。

瀬戸内海をイメージした寝台特急〈瀬戸〉の絵入りヘッドマーク。

 また奇しくも1972年3月15日(水曜日)、急行〈瀬戸〉〈出雲〉は寝台特急に格上げ。“「ブルートレイン」という名のナイトスター”として、九州方面の列車などとともに駆けめぐる。寝台特急〈出雲〉はのちに東京―浜田間1往復から東京―出雲市・浜田間の2往復体制に変化した。  1987年4月1日(水曜日)の国鉄分割民営化後、寝台特急〈瀬戸〉〈出雲3・2号〉はJR西日本所属の客車で運転されることになった。1988年4月10日(日曜日)の瀬戸大橋開業により、寝台特急〈瀬戸〉は東京―高松間の運転に変更され、ついに四国直通を果たす。  この頃、ブルートレインは改造による個室車両が相次いで登場していたが、夜行高速バスの台頭、航空機の充実もあり、乗車率の低下に歯止めがかからない状況に追い込まれた。1993年以降、東北方面の夜行列車を皮切りに廃止されてゆく。  それを危惧したJR西日本とJR東海は、住宅メーカーの協力を得て、新しい寝台特急車両の共同開発に乗り出す。寝台はすべて個室にし、定員を確保するため、一部の車両を除き2階建て車両とした。また、電車にすることでスピードアップ及び、途中駅の機関車付け替えという手間を省いた。
ブルートレインの寝台特急〈出雲〉(旧1・4号)は、2006年3月18日(土曜日)付で廃止。

ブルートレインの寝台特急〈出雲〉(旧1・4号)は、2006年3月18日(土曜日)付で廃止。

 1998年、30年ぶりの寝台電車となる285系サンライズエクスプレスが登場。またまた奇しくも、7月10日(金曜日)より寝台特急〈瀬戸〉〈出雲3・2号〉は、〈サンライズ瀬戸〉〈サンライズ出雲〉に生まれ変わったのである。
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ホテルの1泊とはひと味もふた味も違う朝
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