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ネットカフェ難民からゲストハウス生活へ…日雇い男の若き日の夢

日雇い派遣でレストランのホールで働く

ネオン プルルルル……。スマホのアラームで目を覚ました。暗闇の中、手探りでスマホを探してアラームを切る。どこだ、ここ? 寝ぼけ眼を擦り、少ししてからここが東京のゲストハウスで、これから日雇い派遣の仕事に向かわなくてはならないことを思い出した。  身支度をしてゲストハウスを出る。そして最寄り駅に向かって歩きながら派遣会社に電話した。 「登録番号××××の小林です。これから現場に向かいます」 「はい、今日もよろしくお願いします」 「今日いっしょに行く人は何人いますか?」 「いません。小林さんひとりです」 「そうですか……」  これまでは他の派遣の人数人と現場の最寄り駅で待ち合わせ、それからいっしょに現場に向かうのが通例だった。ひとりで現場に行くというのははじめてのことで、ひとり敵地に乗り込むかのようで少し気が重くなった。  勤務開始時間の約10分前にその日の派遣先であるレストランに入った。 「派遣で来ました小林です」 「おいっす。今日はよろしくね」  店長はキャバクラのボーイのようにチャラい感じの人だった。店内は黒を基調にした大人の雰囲気漂うスタイリッシュな空間で、席数はざっとみたところ100以上もありそうに見えた。今日はここのホールで働くことになっていた。  制服に着替えてからオープン前の店内で簡単に仕事の説明を受ける。テーブル番号、料理の運び方、バッシング(※空いた食器をテーブルから下げること)、インカムの使い方……などである。そして店がオープンすると、若いバイトたちといっしょに即戦力としてホールに投入された。  オープンと同時に客がなだれ込んで次々と席が埋まっていく。が、僕は席へ案内することもオーダーをとることもできないので、とりあえずホールの片隅に立って待機する。  チーン。しばらくしてキッチンカウンターのベルが鳴らされた。料理ができあがったようである。そこでデシャップ(※キッチンとホールの間に立ち、店内の状況を把握しながらできあがった料理をホールに引き渡す業務)担当のバイトの河野君(仮名)が料理や取り皿などをトレンチにセットしていた。彼はおそらく大学生くらいだろうが、チャラい店長とは対照的に落ち着きのある硬派な印象だった。 「12番テーブル、鶏肉の水炊き風スープです。お好みでポン酢を入れてお召し上がりください」 「え?」 「お客さんに料理を提供するときにそう言ってください」 「わかりました」  僕は12番テーブルに料理を運び、彼から教えられたとおりの言葉を言う。 「お待たせいたしました。こちら鶏肉の水炊き風スープです。お好みでポン酢を入れてお召し上がりください」  運ぶ料理がないときはホールをまわって客の帰ったテーブルをバッシングする。客からオーダーで呼ばれると、僕はオーダーをとることができないので、インカムで他のスタッフに頼んで行ってもらう。そしてベルが鳴らされると、キッチンカウンターに料理を取りに行く。河野君は料理を提供するときに言う言葉を毎回丁寧に教えてくれた。  その繰り返しで業務は順調に進んでいった。トラブルが発生したのはディナータイムに近くなったときのことだった。
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インカムを通して行われた喧嘩
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バイオレンスものや歴史ものの小説を書いてます。詳しくはTwitterのアカウント@kobayashiteijiで。趣味でYouTuberもやってます。YouTubeチャンネル「ていじの世界散歩」。100均グッズ研究家。

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