恋愛・結婚

42歳日雇い男には別れた妻と二人の子供がいた…離婚を決意した理由

 まったくお金にならない小説を書きながら、日雇い派遣の仕事などで食いつなぐ日々。そんな僕でも過去に結婚していた時期があった
小林ていじ

現在42歳、日雇い派遣の仕事などで生活する筆者・小林ていじ(撮影/藤井厚年)

「小林君は結婚してるの?」  日雇い派遣で一軒の飲食店で働いていたある日のこと。休憩時間中に同じ派遣の福田君(仮名)からそう訊かれた。彼は僕よりも十歳ほど年下でフリーエンジニアをしており、副業として日雇い派遣をしているということだった。 「してない。バツイチ」 「ふーん、それじゃあ、俺と同じだね」 「福田君もバツイチなの?」 「もうすぐそうなりそうなんだよ。離婚に向けて話し合いを進めている。お金に対する考え方がどうしても合わなくて」 「僕も似たようなものだよ。まあ、僕の場合、離婚の直接のきっかけは相手の浮気だったけどね」 「そうか、お互いに大変だな」  その日の仕事を終えると、僕は近くの適当なネットカフェに入った。そこが僕の寝床だった。板で仕切られているだけのフラットシートの個室ブースに入り、リュックからノートパソコンを取り出す。そして無料のお茶を飲みながら小説を書いた。パソコン画面の青白い光だけが灯る薄暗い空間にキーボードの音がカタカタと鳴り響く。  ひと段落したところで原稿を閉じ、パソコンの画面上に1枚の写真を開いた。澄んだ青空の下、水着姿の小さな男の子と女の子がビーチに佇んでいる。僕の2人の子供である。もう1年近く会うことができていなかった。

深夜に酔っ払って帰宅するタイ人妻

タイ

タイの首都バンコク(写真はイメージです。以下同)

 約2年前まで僕はタイのバンコクで賃貸一戸建てに住んでいた。タイ人の妻と結婚し、ライターの仕事をしていた。収入は物価の安いタイなら充分に生活していける程度に得られていたのだが、日本人にしてはかなり低い金額だった。それが妻のソム(仮名)には気に入らなかったらしく、ねちねちと嫌味を言われることが多かった。  ソムは日本への留学経験もあったので流暢に日本語を話すことができ、それを活かして大手の日系企業で働いていた。やがて僕の収入を追い越すようになると、僕への嫌味はさらにエスカレートし、「生きる価値のないクズ」などのモラハラともとれる暴言を日常的に吐きつけるようになっていった。  そんなある日のことである。時刻は深夜0時頃。僕が2階の自分の部屋で小説を書いていると、1階の玄関ドアの開く音が聞こえた。ソムが帰ってきたようだった。彼女の帰りがこのくらいの時間になるのは珍しいことではなかった。それから僕の部屋のドアがバタンと勢いよく開けられた。びくッとして振り返ると、そこには顔を赤くしてひどく酔っ払った様子のソムが立っていた。 「な、なんだよ。酔っ払ってるのか?」 「あんたには関係ないでしょ。なにをしてるの?」 「小説を書いてるんだよ」 「それは仕事?」 「仕事……っていうか、仕事になるように頑張ってんだろ」 「バカじゃないの。どうせそんなのを書いたってなんにもならない。もっとちゃんとしたことをやりなさいよ!」  その言葉で僕はプツリと切れた。 「おまえ、いま、なんて言った?」 「そんなのを書いたってなんにもならないって言ったのよ」 「てめえ……」  ソムの胸ぐらを掴んで拳をぎゅっと握りしめた。が、ギリギリのところで手を上げるのだけは絶対にダメだという理性が働く。胸ぐらを掴んだ手で彼女を部屋の外に突き飛ばしてドアをロックした。 「開けなさいよ!」  彼女はそうヒステリックに叫んでドアをドンドンとしつこく叩いた。僕はそれを無視してまたパソコンに向かった。が、その晩はもう一文字も原稿を書くことができなかった。  この一件で僕の心はソムから完全に離れた。彼女には同じ家に住んでいるだけの赤の他人として接するようになった。生活していくうえでの必要な会話だけはするが、それ以上のことには一切応じない。彼女からの暴言はすべて受け流せるようになっていたつもりだったが、あの言葉だけはどうしても我慢できなかった。酔ったうえでの失言としてもとても許せるようなものではなかった。  それからしばらくしてソムは朝帰りをすることが多くなった。家にいるときは携帯に着信があるとわざわざ家の外まで出てこそこそと通話をする。彼女が浮気をしているのはあまりにも明らかだった。しかし、僕は彼女を問い詰めるようなことはせず、そのまま好きにさせていた。
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子供との生活だけは守りたかった
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