避難所にも居れず…ホームレスへの転落を恐れる被災者

震災により職と家を失った者、復興特需に沸く被災地で仕事を得ようと移住したが、雇い止めにあった者など。今、被災地では「震災ホームレス」なる新たな問題が浮上している。容赦なく襲いかかる東北の過酷な冬を、彼らは乗り越えられるのか。被災地で路頭に迷った者たちの現状をリポートする!

 現在、都内の友人宅に居候中の加藤信行さん(仮名・26歳)は宮城県名取市にあった食品工場の元契約社員。震災で復旧のメドが立たず、3月末に契約解除を言い渡された。

「アパートは無事でしたが、会社が借り上げていた物件で『家を失った従業員(正社員)に引き渡したい』と言われ、半ば追い出される形で住む場所を失いました」

 兄弟はなく、唯一の肉親だった母親も5年前に他界。仕方なく仙台市内の避難所に向かったが、ボランティアスタッフからは「今さら来て本当に被災者なのか?」と冷たい言葉を浴びせられた。

「その避難所には2日間いましたがすでに避難民の間にコミュニティがあって、新参者の自分が入れる雰囲気ではありませんでした。ほかの避難所も似たような感じで、余震もずっと続いてコワかった。それで、思い切って仙台を離れることにしたんです」

 向かった先は、東京。被災者用の無料バスが運行していたという理由だけで、特にアテがあるわけではなかった。それでも「東京に行けばなんとかなるだろう」と思っていたという。

「漫画喫茶に寝泊まりしながら個室のPCで求人を探し、ハローワークにも何度も通いました。でも、寮完備の職場は倍率が高く、夏になっても仕事が決まらなかった」

 同じ漫画喫茶に長期滞在していたのは約15人。声をかけ合うことはなかったが、「店員と東北訛りの言葉で話す人もいて、自分のように被災地からやってきた人はほかにもいる様子だった」という。

「その東北訛りの人はしばらくして漫画喫茶を出ていったんですが、ある日、街で偶然見かけたんです。髪はボサボサで髭も伸び放題。完全にホームレス化していて、明日の自分を見ているようでしたね」

 上京直後の加藤さんの全財産は、退職金兼被災見舞金を合わせて33万円。職探しと並行して派遣の短期アルバイトもこなし、生活も切り詰めていたが、就職先は依然として見つからず、ついに残金は5万円に。だが、その窮地を救ったのは高校時代の友人だった。

「ずっと疎遠でしたが、震災後に何度も連絡をくれたんです。同情がイヤで『大丈夫だから』と見えを張ったけど、それができないほど追い詰められ、最後は頭を下げて居候させてもらいました」

 今ではパチンコ店で働き始めたという加藤さん。だが、持病の腰痛を悪化させ、立ち仕事を長時間続けるのは難しいという。

「でも、友人にこれ以上厄介になるわけにもいかないし……」

 友人宅を出ればホームレス転落は必至。加藤さんにとって厳しい冬にならないことを祈るばかりだ。

― 激増する[震災ホームレス]は越冬できるのか?【5】 ―

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