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第563回 6月27日「ゲームはただの快楽装置ではない」

・ラスアス2(『The Last of Us Part II』/PS4/SIE)プレイ。人をゾンビ化させてしまう寄生菌がはびこって崩壊した都市の中を進攻していくアクションアドベンチャーゲームの続編だ。 ・評価するのもおこがましいほどのクオリティ。まぎれもなく傑作だ。ただしこれは精神的にかなりきついゲームである。 ・暴力描写や性描写のことではない。もっと別種の方法で、精神を削り込んでくるのだ。たとえば操作キャラクターが切り替わる。味方のキャラを切り替えながらプレイするわけではなく、最も憎悪するべき敵役を、自分の手で操作しなくてはならなくなる。さらに視点が戻ると、今度は主人公キャラクターが復讐のために残虐非道な行為に踏み込んでいくところに付き合うことになる。つまり「復讐心」を、人をゾンビにする寄生菌と同様のものに位置づけている。ここがポイントだ。 ・リニアなメディアである映画や文学と違い、ゲームはマルチな視点を持つことができることが強みだが、この機能を本気で活かそうとしたとき、ある人間の正義が別の人間の悪であること、全ての人間が幸福になることは不可能であることを、明確にしてしまうわけである。それはあまりにも残酷な事実である。 ・不幸は必ず存在する。そして全ての物語が幸福を目指すものではない。つらくて仕方がない、そういうところに価値がある物語もある。ラスアス2は視点切り替えだけでなく他にも様々なギミックを駆使して、プレイヤーを逃げられない状態に追い込んでくる。その「価値としてのつらみ」を、ゲームならではの手法で作り込んでいるのだ。 ・このゲームの評価は二分されている。「良い」と「悪い」の二分ではなく、「良い」と「嫌い」の二分だ。なんでわざわざゲームでつらい思いをしなくてはならないんだ……そんな意見がネットに溢れている。僕も同意である。ただし、ふと思う。映画や小説にこんなことを言ったことはなかったと。 ・いつからか、ゲームが快楽装置だという先入観があった。悩みも苦しみもない。日常に疲れた心をよしよしと慰めてくれる。ひたすら心地よい。そんな名作ばかりをずっと遊び続けた結果、自分はゲームに対してグルメになっていた……わけではなく、ただ肥満してしまっていただけなのかもしれないと、考えるのである。三度の食事にお菓子ばかりを与えられた子供のように。 ・ラスアス2以降のゲームはただ気持ちよくなるためのものではなくなるだろう。他のメディアにないギミックによって深層心理にえぐりこんでいくような作品が続出すること、その場ではこれまで以上に作家性が問われるようになることを、予想する。 ……………………………………………………………………………………………… ※この話題「ゲームはただの快楽装置ではない」のライブトークVer.はこちらです↓
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作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。
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