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なぜ、スティーブ・ジョブズは「富は重要でない」と言ったのか?

ヘルマン・ヘッセの詩が教えてくれること

《目標に向って いつも私は目標を持たずに歩いた。決して休息に達しようと思わなかった。私の道ははてしないように思われた。ついに私は、ただぐるぐるめぐり歩いているに過ぎないのを知り、旅にあきた。その日が私の生活の転機だった。ためらいながら私はいま目標に向って歩く。私のあらゆる道の上に死が立ち、手を差出しているのを、私は知っているから。》 ※引用元 ヘルマン・ヘッセ著、高橋健二訳『ヘッセ詩集』(新潮文庫)  先ほどミドルエイジクライシスから抜け出すための前提条件として、早く“幻想”を手放し、「現実」と向き合うことが必要だと述べました。そして手放すべき第1の“幻想”とは、いつまでも「自分は元気に頑張れる」です。  人生後半は徐々に、しかし確実に「老」いていき、幾つかの「大きな病」を経験するかもしれないし、最後は「死」という終着点が待ち構えているという紛れもない事実と向き合う必要があるわけです。  がんを告知されることは、紛れもなく「大きな病」を実際に体験することであり、「老」のような衰えを予感し、「死」という人生の終着点をよりはっきり意識させられます。すなわち、人生後半に向き合う必要がある事実が、強制的、かつ強力な形で迫ってくるのです。  そして「死」という終着点が強く意識されると、「社会に適応して成功すれば幸せになれる」という第2の“幻想”も、スティーブ・ジョブズがそうであったように、姿を消すことになります。そして、「幸せはどこにあるのだろうか?」という探求の旅に放り出されることになるのです。  がんになって良かったという人はまずいませんが、「がんにならなければこのことに気づけなかったかもしれない」という人はたくさんいらっしゃいました。がんという体験は、「人生の真実に気づく」ということについて、強力な作用をその人にもたらすのかもしれません。  なので、がんを体験し、人生の目的を探求するための旅に出た人たちが気づいたことは、これから旅に出ようとする「ミドルエイジクライシス」の中にいる人にとって、ある意味先人の知恵とも言えます。そして、これから旅に出る人にとって心強い道しるべになりうるわけです。ヘルマン・ヘッセの詩は、まさにそのことを指し示しています。
病室

写真はイメージです

強い父親でなくていい

 自らのがん体験と向き合い、私に人生後半の道筋を示してくれた1人の方をご紹介しましょう。54歳の千賀泰幸さんは、IT関連企業で新規事業開拓の責任者として全国を飛び回る仕事の鬼でした。妻と3人の子供の5人で暮らしており、家族を守る強い父親であることが自分の役目だと思っていました。  しかし、ある日進行性の肺がんが判明し、何もしなければ5年生存率5%と言われたそうです。担当医に告げられたとき、「なるほど、自分はがんで死ぬのだ」と、千賀さんはどこまでも冷静に受け止めたはずでした。  そして最初に思ったのは、「マンションのローンの残りは、自分が死ねば終わる」ということだったそうです。時が有限なのは、すべての人と同じ。起きてしまったことに是非はない。受け入れるしかない。  千賀さんはそう自分に言い聞かせていました。今から思えば、この時も無理に「強い父親」であろうとしていたのかもしれません。しかし、その後2カ月の入院中、千賀さんは治療を受けながらカーテンを閉め切って1人、泣き続けました。治療の苦しさや死の恐怖ではなく、家族を残して逝ってしまうこと、家族を守ってやれなくなる自分の無力を嘆いてのことでした。強かった自分が弱い存在になっていくのがどうしても受け入れられなかったそうです。  精神的に行き詰まった千賀さんは私の外来に通うようになります。ある日、体力が落ちているので息子さんに通院に付き合ってほしいと頼むと、すんなりとついてきてくれたそうです。それまで頑固な父親と息子の関係にお互い距離を感じていましたので、息子が自分の求めに応じてくれたことは千賀さんにとってとてもうれしいことでした。  千賀さんは病院に行く道すがら、息子はさりげなく自分を守ってくれていることに気づきました。下りのエスカレーターでは自分の前に立ち、上りのエスカレーターでは自分の後ろに立ってくれた。いつの間にこんなに成長したのだろうと、驚いたそうです。
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自分を縛っていた価値観からの解放
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他人の期待に応えない ありのままで生きるレッスン

がん患者4000人以上に寄り添ってきた精神科医による、肩の荷を下ろし人生を豊かにするレッスン。
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