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なぜ、スティーブ・ジョブズは「富は重要でない」と言ったのか?

自分を縛っていた価値観からの解放

 私との診察の際、千賀さんに「最近どうですか?」と声をかけると、次のようなことを言います。 「先生、やはり感情のコントロールができなくて困っています。まだ、さめざめと泣いてしまうのです。私は家族をいつも守ってきたのです。かっこいい父親でありたかったというか、家族にとってのヒーローだったんです。ヒーローが泣いてはマズイでしょう」  そう言いながら、涙声になっていることに、千賀さん自身がいちばん戸惑っていました。ほんの少しの沈黙が流れた後、横に座っていた息子さんがこう話しだしました。 「父は昔から家族にいつもこう言っていました。困ったことがあったら、助けてやるって。例えば、もし、いじめられたら父さんが相手をやっつけてやるからって。そんな感じで父はずっと、家族を守ってきたのです。病気になったからといって、父は私たちにとってかけがえのない存在であることは変わりません。今でも、親父はわが家のヒーローです」  この息子さんの言葉に、千賀さんの涙はあふれ、私は温かい気持ちに包まれました。その時、「強い父親でなければならない」という、千賀さんがずっと縛られていた価値観から自由になったようです。  その後、千賀さんは、「強い父親」であるために歯を食いしばって頑張る(今を犠牲にする)のではなく、その瞬間を味わいながら日々を過ごし、今を大切に生きるようになりました。  千賀さんは幸い肺がんが発症して5年たった今も存命で、以前のようにすべて元気にというわけにはいかないようですが、幸せな日々を送っておられます。  がん体験を経た千賀さんが示したのは、「強い父親」というイメージに縛られることから自由になり、あるがままの自分を肯定し、温かい関係性(愛)や日常にある輝き(美)に対する内面の豊かさを育むことです。この方向性は、がん体験者だけでなく、ミドルエイジクライシスの中にいる人にとっても1つのヒントになると思います。  なぜなら、もし自分自身がこれから衰えていくとしても、日々に愛や美しさを感じられるとしたら、幸せを感じることができるからです。ミドルエイジクライシスで日々に苦しみを感じ、むなしさを抱えている人は、自分もできればそうなりたいと願うでしょう。ただ、「ではあなたもそうなりましょう」と言われても簡単に変われることではないかもしれません。1971年生まれ。精神科医・医学博士。金沢大学卒業後、都立荏原病院での内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院での一般精神科研修を経て、2003年、国立がんセンター東病院精神腫瘍科レジデント。以降、一貫してがん患者およびその家族の診療を担当する。2006年より国立がんセンター(現・国立がん研究センター)中央病院精神腫瘍科に勤務。2012年より同病院精神腫瘍科長。2020年4月より公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医。
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他人の期待に応えない ありのままで生きるレッスン

がん患者4000人以上に寄り添ってきた精神科医による、肩の荷を下ろし人生を豊かにするレッスン。
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