ライフ

「死」をイメージすると人生が豊かになる。がん患者専門精神科医の答え

Empty  hospital bed with sunlight from the window,vintage tone

写真はイメージです

中年期にもエンディングノートは必要?

 2番目の「自分がいなくなることによって生じる現実的な問題」はどういうことかというと、「自分が死ぬと家族が経済的に困るのではないか?」、「仕事を完成しないままに死ぬ時がやってきてしまうがどうしようか?」など、さまざまな社会的な問題に関することです。  最近は、「終活」という言葉が一般的になり、多くの方がエンディングノートを作成し、亡くなるまでに整理しなければならないことに取り組むようになりました。「終活」に取り組むのは歳を超えてからの方が多いですが、中年期を越えたら、おぼろげながらでもいいので、エンディングノートを作成してもよいと思います。エンディングノートを書くことにより、過去を振り返り、今を見つめ、これからの将来を考えます。  そして、どういう自分でありたいかを確認することになるのです。この問題と取り組むことで、その人が先送りにしていた課題に取り組むようになります。例えば、過去仲たがいしていてその後連絡を絶っていた家族や友人との和解をするなど、長年心に刺さっていたとげを、やっと抜こうとする方もいらっしゃいます。

死後の世界へのイメージは?

 3番目の「自分が消滅するという恐怖」については、魂の死と言ったりします。死んだらどうなるのか? 科学や精神医学が説明できることではないので、私は正直なところ、答えを知りません。いろいろな方の死に対する考えをお聴きすると、魂は不滅で、別の世があると考える人、もう一度、現世に生まれ変わると思う人、死んだら自分が消滅すると考える人など、さまざまです。  その人が死後の世界をどう捉えるかによって、現世をどう生きるかという姿勢が異なってくると思います。  死んだら自分の存在は消滅するのか。消滅したら感覚もないと思いますが、それってどんな感じなのか、死んだ人から話を聴くことはできないし、そうなったら怖くないのか、と考えてしまうかもしれません。  精神科医のアーヴィン・ヤーロムは「死んだ後の自分のことを心配するのならば、なんで生まれてくる前の自分のことを心配しないんだ?」ということを言っています。確かに、生まれてくる前の苦しみは少なくとも今は意識されませんから、死んだ後のことも心配しなくてもよいということかもしれません。  死んだら自分の存在が無になると思っている方だけではなく、おぼろげなイメージも含め、死後の世界が存在するという感覚を持っていらっしゃる方がいらっしゃいます。  また、死後の世界が存在しないとしても、自分の思いは大切な人の心の中に宿っていることを意識し、自分の存在は形を変えて生き続けると捉えられ、「自分が消滅するという恐怖」が和らぐとおっしゃる方もいらっしゃいます。  いずれにしろ、「死生観」を持つ、つまり、自分の人生観にきちんと「死」を位置づけることは、「自分は成長し続けられる」という“幻想”から離れ、現実を直視した上で人生後半を豊かに生きるために、必要なことだと思います。
1971年生まれ。精神科医・医学博士。金沢大学卒業後、都立荏原病院での内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院での一般精神科研修を経て、2003年、国立がんセンター東病院精神腫瘍科レジデント。以降、一貫してがん患者およびその家族の診療を担当する。2006年より国立がんセンター(現・国立がん研究センター)中央病院精神腫瘍科に勤務。2012年より同病院精神腫瘍科長。2020年4月より公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医。
1
2
3
他人の期待に応えない ありのままで生きるレッスン

がん患者4000人以上に寄り添ってきた精神科医による、肩の荷を下ろし人生を豊かにするレッスン。
おすすめ記事
この記者は、他にもこんな記事を書いています