熊本豪雨で濁流に流された「大切なカバン」を探し出した自衛隊の話
その99 災害派遣の自衛隊美談と苦悩
自衛隊は災害派遣で多くの国民の命を救い、被災地に救援物資を届けています。東日本大震災以降、自衛隊が国民に信頼される組織となったのは、この救援や復興支援活動が評価されたからです。
近年は気候変動により豪雨災害が多く発生していることもあり、自衛隊はさまざまな災害に派遣されるようになりました。豪雨災害、噴火、地震、津波、雪害、海難事故、航空事故、そして新型コロナウイルス感染症にも災害派遣として対処しました。まさに、「国民が途方にくれたときに駆けつけるヒーロー」です。
先日、前海幕長の村川豊氏にお会いしたときに「自衛隊は、特に緊急を要する場合には都道府県知事の要請を待たずに防衛大臣が出動を命令することができるようになりましたが、その制度変更についてどうお考えでしょうか?」と尋ねたところ、即座に「人命救助のためなら自衛隊はいつでも躊躇なく災害現場に駆けつけます」との返事が返ってきたことを思い出します。実際に、自衛隊は把握できる限り発災前から情報を収集し、すぐに動けるよう準備しています。
さる7月の豪雨災害では、球磨川に過去最大の雨量があり、想定外の速さで水が流れ込みました。屋上や屋根の上から助けを呼ぶ声に応え、警察や消防と共に自衛隊のヘリも現場に向かいました。
ヘリによる救助では「ホイスト」という人を釣り上げる器具が使われます。病人やけが人輸送用の担架(ラック)もあるのですが、利用できる条件が限られているため、通常はホイストを使います。
では、ホイストとはどういうものでしょうか?
これを用いて対面で抱きつき、救護チェア「レスキューハーネス」(写真にあるオレンジのベスト)や背中へ保護具をつけて吊り下げます。介添えが必要な人を引き上げる場合には、対面の隊員が両手で保護します。不安定な足元を気遣いながら強く引き上げられるのは、かなり怖いと思います。もちろん、安全具で保護されていますが、ダウンウオッシュの強い風を受けながら、空中にギュッと引かれる経験は想像を絶すると思います。
災害派遣の現場では人命救助が最優先されます。濁流が次々と住居を呑み込むなかで、逃げ遅れた人の命を救うことが第一の命題です。被災者は家に残したものを運び出すことはできず、わずかな身の回りの貴重品だけを持って悔しい思いをしながら脱出するしかありません。
ヘリで救出するのは「命」です。
救出現場で手荷物を落としたり濁流に荷物が流されたりすれば、普通はあきらめるしかありません。レスキューは救助を求める人を一人でも多く救うために、命がけで時間との闘いを強いられています。しかし、このときの自衛隊はあきらめませんでした。
球磨川の孤立集落に取り残された年配の被災者A氏。陸上自衛隊がヘリで救助に向かいました。ホイストで救助されたA氏は、ほどなく安全な避難場所に到着しました。しかし、ほっとした時に初めてA氏は貴重品をいれたカバンを落としてしまったことに気づいたのです。被災した上に貴重品バッグまでなくしたA氏は途方に暮れました。
そこで、陸上自衛隊の2尉、3曹、士長の3人が捜索に当たることを決断。カバンを落としたと思われるポイントに向かいました。救助に当たるヘリは人命救助に奔走中ですから、徒歩で行くしかありません。ヘリではほんの数分の場所でしたが、徒歩では4時間の距離です。大雨のなか、背丈ほどもある草むらをかき分け、隊員たちは現場に到着しました。しかし、そこにカバンはありません。大雨で下流に流されたのだと判断し、さらに下流へと捜索を広げました。
時には石に登山用ペグのようなものを打ち込んで掴まる場所をつくりながら、濁流のなかを捜索すること2時間。無事、被災者A氏のバッグが発見されました。その後、全身ずぶぬれのまま4時間かけて来た道を帰還。被災者A氏にカバンを手渡して、ミッション・コンプリートとなりました。
ずぶぬれの3人の隊員たちにA氏は涙ながらに「本当にありがとうございました。ありがとうございました……」と感謝の言葉を繰り返していたそうです。
自衛隊の災害派遣の任務は人命救助と被災者支援です。人助けは任務ではありませんが、被災して心細い上に貴重品まで失ったA氏を見ていられなかったようです。自衛隊は被災者の命だけでなく、心も助けようとしたのではないでしょうか? いつもながらに頭が下がります。10時間にもわたる大雨と濁流のなかの捜索ミッション、本当にお疲れさまでした。
災害救助とホイスト
人命救助? いいえ、人助けもします
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おがさわら・りえ◎国防ジャーナリスト、自衛官守る会代表。著書に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)。『月刊Hanada』『正論』『WiLL』『夕刊フジ』等にも寄稿する。雅号・静苑。@riekabot
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