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『鬼滅の刃』大ヒットの背景には新型コロナの流行があった/『鬼滅の日本史』より

鬼

鬼は疫病の象徴だった(写真はイメージです)

祓うものから滅するものへ

 歴史学者の磯田道史氏は、テレビ番組で、「昔の日本人にとって鬼は祓うものだったが、今の鬼ブームでは鬼は滅びるものとして人気に。鬼に対する捉え方が変わっている」(「所ジャパン」フジテレビ、2020年7月20日放送)と指摘している。  本来、疫病=鬼は祓ってもまたやってくる存在であった。そのため、毎年季節の変わり目に節分の豆まきを行い、鬼を祓う必要があった。しかし、20世紀に入ると医療・製薬技術の発展によって、多くの疫病の撲滅・封じ込めに成功してきた。疫病=鬼は、祓うものから撲滅できるものとする意識の変化が起きたのだ。  疫病に対する潜在的な恐怖心は、現代人には希薄だ。むしろ事故や災害などの被害に遭う可能性の方が高い。ほとんどの疫病は撲滅することに成功し、新たな感染症が発見されたとしても、撲滅=滅することができるものとして現代人の多くは捉えている。疫病=鬼は祓っても祓ってもやってくる、潜在的な恐怖心を抱くものから、予防接種や薬によって十分に対処可能なものとして、恐怖の対象ではなくなってきたのである。

無惨との最終決戦で用いられた薬

『鬼滅の刃』で鬼と疫病の関係を象徴的に表しているのが、無惨との最終決戦だ。それまで日輪刀による斬撃が攻撃の主体だったが、最終決戦では無惨に対して、鬼でありながら人間側についた医者・珠世によって薬が投与された(第197話)。この薬は、(1)人間に戻す、(2)分裂(回復)を阻害する、(3)細胞を破壊する、(4)1分で50年老化させる、という4つの効果があるとされる。抗生物質や抗がん剤を彷彿とさせる効果である。  新型コロナウイルスについては20年9月現在、ワクチンは完成しておらず世界的な封じ込めの目処は立っていない。強力な鬼に対して、傷つき、時に死者を出しながら立ち向かう鬼殺隊の姿は、新型コロナウイルスに恐怖しながらも、疫病を撲滅するために懸命に闘ってきた人類の歴史そのものといえるだろう。この新型コロナウイルスへの恐怖感と鬼殺隊への共感と応援こそが、『鬼滅の刃』の大ヒットの大きな要因と考えられる。
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鬼滅の日本史

日本の古典には鬼が“実話”として記録されている。なぜ鬼は生まれ、人々を苦しめたのか。そして、鬼とは一体“誰”だったのか。『鬼滅の刃』のルーツと隠されたメッセージを探る。
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