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菅野美穂が「人生を支えてもらった」。12年前に解散したお笑いコンビの今後

解散し、心が荒んでいく

マッチポンプ

木村耕介さん

――その後、解散されますが、理由はなんだったんですか。 木村耕介さん(以下、木村):コンビの調子はずっと良くて2年半くらいやってたんですけど、「ふくらむスクラム」(フジテレビ系)っていう番組のオーディションがあって、初ライブが一緒だったニッチェと、一緒に2マンライブをやってきたヒカリゴケさんというコンビが受かったんです。でも、僕らは落ちたんですよ。そこでポキっと折れちゃったんです。しかも、キングオブコントの予選も1回戦で落ちちゃって、さらに拍車がかかりましたね。 ――解散しても、山田さんはお笑いを続けたんですよね? 山田:他の人とコンビを組んで活動をしてましたけど、めちゃくちゃ孤独だったんですよ。オカンにも「あんたなんで東京におるんや」って言われたりもして。無邪気にお笑いをやっていたのが、マッチポンプが解散してからは「結果を出すための方法」としてお笑いをやってしまったりしてて、当時の相方にも申し訳なく思っています。

お笑いを辞めて「夢も希望もなかった」

――木村さんは、そこで芸人を辞めたそうですが、スパッと諦められましたか。 木村:僕が芸人を辞める時に、事務所のお偉いさんが来てくれて、引き止めてくれたんですけど、僕は、突っぱねちゃったんです。 でも僕は、お笑いをまたやりたいって気持ちがあったんですよ。でも、山田としかお笑いをやったことがないのに、山田にはもう新しい相方がおるし、お偉いさんの引き止めも拒否しちゃったこともあって、戻りたくても戻れなかったですね。なので、夢も希望もないっていう気持ちで過ごしてました。 ――そんな時も相方はまだお笑いで舞台にいるっていうのは。 木村:応援はしてたんですけど、100%で応援はできてなかったかもしれないですね。 ――嫉妬みたいな気持ちもあって。 木村:そうですね。10%しか応援できなかったですね。 山田:いや、少ないな!(笑) 木村:山田も売れてたわけではないんですけど、夢や目標があるっていうのがキラキラしていて。かたや僕は、夢もなくなっちゃったので沈んでましたね。
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