更新日:2021年11月02日 08:45
エンタメ

<マンガ>“ドラマ現場の待ち時間の悲劇・後編”「小野寺ずるのド腐れ漫画帝国 in SPA!」~第五十三夜~

K兄は優しい

こんな時でもKさんは優しい。しかしその目は「俺また長台詞やるの?」という悲しみに満ちていた。最低の上に最低を重ねても足りないほど心が苦しくなった。人の役に立ちたい。心の成長を実感した途端、成長痛か……。……いや、違う、愚かだったのだ。 「人の役に立ちたい」これが純粋な思いであればきっと空気を読めた。「評価されたい」「私って良い奴」という下心とナルシシズムがどこかにあったから粗相に繋がったのだ。頭を下げながらそれに気づき恥ずかしさで全ての毛穴から血が出そうだった。 「私だって飛べる」羽化のタイミングを間違えた見苦しいサナギが滑走路にしゃしゃり出てKさんのタイヤをスリップさせたに過ぎない。与えたかったのに、奪った。 お前は何しに来てるんだ……。 泣きそうだった、でも泣きたいのはKさんだ、こんなとこで諦めんな。己を奮い立たせ二つ目の長所、神信深いを発動させる。 「お願いします、Kさんの撮影を無事に終わらせてください。」 祈る。神頼み。 その瞬間くしゃみが出る。

J事務所のスターは優しい

咄嗟に口を押さえたので全ての飛沫は私の祈りの形の手の中だ。セッティング待ちの時間だったので迷惑をかけることはなかったが、主演俳優さんが先程のミスで意気消沈してる私を察して「おっ!大丈夫〜?」と温かい声をかけてくれた。さすがJのつく事務所のスター。格が違う。私の何百倍も忙しくて責任を背負う大変な立場でも優しさを忘れない。 いや、彼だけではない。誰も彼もが優しかった。誰も彼もが作品のため、人のために動いていた……。 いつもなら照れてボソボソ返答する私も、申し訳なさとありがたさに背中を押され明るさを振り絞る。お母さんがくれた最後の長所ひょうきんの出番だ。 「えっへへ〜手ぇツバ臭っ☆」 ……最低だ。 主演俳優さんは無言でその場を去っていった。やってしまった……。大きなミスをしたお前が、ひょうきんになっていい程の時間はまだ経っていない。 あと「ツバ臭い」はおもしろくねぇぞ、小学生じゃねぇんだぞ。消えてしまいたい。自分の殻に閉じこもってるから正しい判断ができないんだぞ。消えてしまいたい。 うつむきかけたその時、目の前にウェットティッシュが差し出された。「女の子が臭いなんて言っちゃダメだぞっ☆」 主演俳優さんがウェットティッシュをわざわざ持ってきてくれたのだ。 笑顔で。 ……私はこの撮影現場の出来事で大切なことを学んだ。何もできないならせめて「人の粗相や失言に寛容でなくてはならない」と。 ……偉大な人々に、私がそうしてもらったように。 担当より:J事務所の彼は野球もできて優しいのは最高ですね
'89年宮城県出身の役者、ド腐れ漫画家。舞台を中心に活躍後、'19年に「まだ結婚できない男」(関西テレビ)で山下香織役、'20年「いいね!光源氏くん」(NHK)で宇都宮亜紀役など、テレビドラマでも活躍の場を広げる。また、個人表現研究所「ZURULABO」を開設し、漫画、エッセイ、ポエムなどを発表。好きな言葉は「百発百中」。 Twiter:@zuruart

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