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“朝倉未来1000万円企画”のハンバーガー店員「朝昼晩と袋麺でしのいだ」幼少期の苦難

「人には頼れない」幼少期の経験が今に活きている

山田豊二――その時の料理の経験が今の仕事やYouTubeの男料理の動画などに活きているのですね。 山田:今でも料理が好きなのは、その時の経験があると思います。幼少期から家事をしたり、自分で料理をしたりしていましたが、何かをするのも兄弟で力を合わせなくてはいけませんでした。でも兄弟間は仲良くなかったので、協力し合うのは難しかったです。  なんだかんだ自分ですべてやらなくてはいけない感じでしたね。ほとんど個人主義で、自分で物事を解決しないといけない。人に頼れないという状況が多くて。ただ、母親がサポートしてくれたからこそ、生きてこれたというのもあるので、母親にはとても感謝しています。 ――それは大変でしたね。 山田:高校の選択肢もほとんどなかったです。私立は学費が高いので公立一択です。そんな生活をしていたので、勉強もあまりしておらず。  とりあえず手に職をと考えて、平塚の工業高校に入りました。高校では、格闘技が好きなこともあり、空手部に入ったんです。

空手と出会い人生が変わる

――もしそこで空手をやっていなかったら朝倉未来選手にケンカを売ることもなかったかもしれないですね。 山田:そうですね(笑)。一応、空手の才能を見込まれて、空手部の部長を任されたりしました。 ――空手の成績としてはどうだったんですか? 山田:空手を始めて三ヶ月後くらいに、学年別大会というのがあって、そこでベスト16に入りました。そこから空手が楽しくなってきて、部活だけがんばるという生活を続けていました。高2の時に個人戦で県大会ベスト8に入って、団体戦でも県ベスト8。高3の時は、団体戦で県ベスト4に入りました。
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高校卒業後は一般企業に就職して営業マンに
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’92年神奈川県鎌倉市出身。ライター業、イベント企画、映像編集で生計を立てています。レビュー、取材、インタビュー記事などを執筆。Twitter:@yamazaki_naoya

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