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“完璧”な上白石萌音の音楽に対し、森七菜は“抜けだらけ”?それでも溢れ出る魅力

上白石萌音とは対象的な森七菜の音楽

森七菜

森七菜『アルバム』Sony Music Labels Inc.

 その点、森七菜の歌は異なります。表現の細やかさと音楽性では上白石萌音には遠く及びません。けれども森七菜には原始的な力がある。曲をまとめるとか感度の高さを示すのではなく、ただその音程にたどり着くために声を出す。やむを得ない辛さが彼女の高音にはある。それに胸を打たれるのですね。 『アルバム』収録曲「bye-bye myself」(作詞・作曲 森山直太朗)の<最後の守りだ 締まって行こうぜ>という部分によくあらわれています。唐突な野球用語の歌詞ですからユーモアを交えたいところですが、ここで森七菜は必死に食らいつくのです。  しかしその差し迫った感じが小手先のおかしみ以上の説得力を持つ。歌手としての限界が聞き手との間の壁を壊すわけです。  同様に「スマイル」(オリジナルはホフディラン 作詞・作曲 渡辺慎)のカバーも斬新です。ひねくれたりとぼけた風に歌いたくなる曲想でもぶれていません。余裕のない歌が字句を額面通りに打ち付ける。丸腰のやけっぱちが結果として曲の中に隠れていたひたむきさを引き出しています。  特に<いつでもスマイルしようね>で呼吸の勢いがあまって音楽を壊しそうになる瞬間。そして<すぐスマイルするべきだ 子供じゃないならね>での演説みたいな“するべきだ”と、表拍をぶん殴るように説き伏せる“子供じゃないならね”にハッとさせられます。  このヨタヨタしながらも馬力のある歌はバラードで効きます。映画『ラストレター』の主題歌「カエルノウタ」(作詞・岩井俊二 作曲・小林武史)は不安定なのに力強い。“いい曲”だけで終わらせない違和感を残せるという点で、上白石萌音にはない魅力があるのではないでしょうか。  いずれも意図的ではないからこそ生まれる驚きがあるのですね。

リミッターを外した上白石萌音を見てみたい

 これが今後の上白石萌音に求められるものなのだと思います。すでに世間は聡明で器用で熱心な彼女を知っています。ただ優等生的なイメージをアップデートしつづけるだけでは、いずれ物足りなくなるでしょう。  たしかに心地いいサウンドで伸びやかに歌う姿には癒やされます。温かく見守りたい気にさせられるし、演技でも歌でも微笑ましいという言葉がぴったりくる存在です。  だからこそコンフォートゾーンから抜け出して、余裕を失ったときにどう反応するかも見てみたくなります。リミッターを外し、好感度を度外視した上白石萌音とはどんなものなのか?   “デキる”人には要求も高くなってしまうのです。 文/石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4
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