更新日:2022年12月07日 20:18
スポーツ

ベスト16で散った日本代表。クロアチア戦で露呈した「疑問に感じる采配」

トレーニング不足を感じたPK

三苫 日本代表

厳しいマークにあい突破を封じられた三苫

 選手交代をスイッチに攻撃に転じる形は、グループステージで培った日本のスタイルだ。なぜ、それを発動させなかったのだろうか。個人の力だけで攻撃に転じられるとでも考えていたのだろうか。延長戦に入り依然として攻撃の形は見えなかったので、日本は引き分け狙いでよほどPK方式に自信を持っているのだろうと感じたほどだった。蓋を開けると、お世辞にも相手を研究してトレーニングしてきたとは思えないPKで、3本を止められて敗退が決まった。PKに関しては責めるつもりは全くない。試合中のキッカーでないかぎりは、こういったノックアウト方式のときにしか蹴らないもので、大半の選手は無縁なのである。高校サッカーとかであればノックアウト方式がほとんどで、PK方式の練習をしっかりとしているチームもある。しかし、日本代表の面々はプロであり、基本はリーグ戦を行っている。よってPKを蹴る機会は数年に一度といった状況だったことだろう。その状態で自ら立候補して蹴る、しかも世界最大級のプレッシャーがかかるあの大舞台で蹴ったのだから、その勇気たるや称賛こそされ批判されるものではない。  ただ、所属クラブで普段から蹴っているキッカーもおらず、練習もほとんど取り組んでいない状況であったにもかかわらず、PK方式になる前に勝ちにいかなかったのは理解し難い。PKになれば負けるという崖っぷちであれば、もっともっと攻撃的な采配はできたはずだ。  クロアチア戦に限っていえば、自チーム選手たちの力を見誤ったがための敗戦だったように思える。守備面では、必要以上の人数をかけなければ守れないシステムにした。攻撃面では連動・連係しづらいシステムとして、個の力に頼りきった。そしてトレーニングもしていないPK方式に勝敗を委ねた。守備においてはもっと個の力を信じたほうが良かったし、攻撃においては得意な形をつくりやすい状況をつくれるように戦術でサポートすべきだった。相手がどうこう以前に自分たちのチームの力を見誤れば、戦略も見誤ってしまうことを示した試合になってしまった。

攻撃選手が見せた献身的な守備も

 今大会における日本の戦略は、守備面では相手の長所を徹底的に消して、攻撃面では限られたなかでもストロングを演出するというものだったと考えている。勝利という目的を達成するために、選手らは一丸となり献身性を持って仲間を助け合った。加えて、与えられたタスクを高精度で遂行するために、滅私に徹して粘り強く戦った。その姿は我々日本人が大切にしている精神を思い出させてくれるもので、日本人らしいサッカーを展開していると誇りに感じるものだった。特に、攻撃的な選手は普段は担わない守備的なタスクを強いられ、内情はフラストレーションを蓄積していたことだろう。それでも不満を露わにはせず、目的達成のために着実にタスクを遂行した。  強豪国と言われるチームはいずれも自らのスタイルを確立し、どんな相手であろうと基本的にはそのスタイルを崩さない戦い方をする。ベスト8以上を目指すうえではそういったスタイルの確立、日本人らしいサッカーの構築が必要と、今大会が始まるまでは考えていた。しかし、今大会の戦い方を見て、献身性や自己犠牲の精神を持ってスタイルを変えていけるのが、日本人らしいサッカーなのではないかと考えを改めさせられた。スタイルは時代とともに変化するが、精神は恒久的なものだ。その精神に加えて器用さを持って、複数のスタイルを高水準で構築できるのが日本の強みになるのではないかと思わされていた。  実際にアジアの代表となるチームは、予選ではボール支配率の高い強者としての戦い方を求められるが、本大会においては逆転して弱者の戦い方が求められる。これまでは、それがデメリットと言われ続けたが、今大会ではそれがメリットとなる布石を打てたように思える。  そういった可能性を感じたからこそ、相手に合わせた戦術に変更しなかったことを残念に思う。また、可変的な戦術スタイルが今後の日本のスタイルになり得るか証明するためにも、叶うならばもう一度やり直してほしい試合だった。 文/川原宏樹 写真/日本雑誌協会
スポーツライター。日本最大級だったサッカーの有料メディアを有するIT企業で、コンテンツ制作を行いスポーツ業界と関わり始める。そのなかで有名海外クラブとのビジネス立ち上げなどに関わる。その後サッカー専門誌「ストライカーDX」編集部を経て、独立。現在はサッカーを中心にスポーツコンテンツ制作に携わる
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