双子の姉・木下こづえさん(右)、妹の木下さとみさん(左)©︎twinstrust
幻の動物「ユキヒョウ」を追って、標高4000mを超える高山に挑む「ユキヒョウ姉妹」と呼ばれる双子の姉妹がいる。姉妹はユキヒョウの調査研究をしながら、絶滅が危惧されているユキヒョウの保全活動を続けている。
ユキヒョウとは、世界でいちばん高い場所にくらすネコ科の動物。その生息地であるモンゴル、ネパール、インド、キルギス等の奥地は、シャワーもトイレも電気もなく、酸素濃度も非常に薄い、過酷な環境だ。彼女たちはなぜ、そこまでしてユキヒョウを追い続けているのだろうか?
最初はまったく知らなかった「ユキヒョウ」への想いが強まっていく
長い尻尾を高く上げ、岩壁に尿スプレーをかけてマーキングする。(撮影地/キルギス)©︎twinstrust
姉のこづえさんは現在、京都大学野生動物研究センターで助教(2023年4月から同大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・准教授)をつとめている。野生動物の研究教育、繁殖やストレスなど、動物の生理状態を調べることを専門とする。ユキヒョウとのかかわりが始まったのは、神戸大学大学院の学生時代だったという。
「絶滅の危機に瀕する動物の繁殖研究について関心を持っていた私は、いずれツシマヤマネコやイリオモテヤマネコの研究をしたいと思っていました。研究室ではユキヒョウの研究を開始するとのことで、『同じネコ科だし』と軽い気持ちで研究対象に選んだんです。最初はユキヒョウのことはまったく知りませんでした」(こづえさん)
生息場所はゴツゴツした岩場も多い。森林限界を超えているため植物はほとんどなく、低木が少し生える程度。白く少し黄色みがかった模様は、岩肌によく馴染む。岩崖に潜む姿は、まるで忍者。重心が低く、長い尻尾でバランスをとりながら急な崖も軽快に移動する。(撮影地/インド)©︎twinstrust
研究のため、ユキヒョウを飼育していた神戸市立王子動物園で毎日のように観察していたこづえさんは、その奥深い魅力にどんどん惹かれていった。
「ユキヒョウは声帯が小さくて、同じ大型のネコ科動物であるライオンみたいに重低音で『ガオー』なんて吠えることもなく、繁殖期に『アオー』って鳴くくらい。時に、鼻にしわを寄せて『クスクス』と小さな音のコミュニケーションをとることはあります。身体的な特徴でいうと、長い尻尾が美しくて優雅です。体長は1mほどなんですが、尻尾も同じくらいの長さがあって、高山の岩山を駆け巡る時に不安定な体勢になっても尻尾で器用にバランスをとっているんです。そんなユキヒョウの姿を見ながら、『野生の姿、そして彼らのくらす場所を見てみたい』という気持ちがどんどんふくらんでいきました」(同)
「ユキヒョウのうた」の作詞をきっかけにユキヒョウの虜に
「まもろうPROJECT ユキヒョウ」のキャラクター「ユキヒョウさん」。ユキヒョウに興味のない人にも関心を持ってもらえるよう、ユキヒョウの形態的特徴を忠実に捉えながら愛らしく表現。©︎twinstrust
妹のさとみさんは九州大学大学院芸術工学府を修了後、広告会社に入社。コピーライター/CMプランナーとして今も活躍している。こづえさんを通してユキヒョウに興味を持っていたさとみさんは、会社の懇親会で姉の研究について話題にしたところ、CMプランナーの先輩から「ユキヒョウの歌を作ってみたら?」と提案され、2011年10月にさとみさんの歌詞による「ユキヒョウのうた」が完成した。
「新米コピーライターだった私にとって、自分で考えたものが一つの作品になったことが嬉しくて、私も気づけばユキヒョウの虜になっていました」(さとみさん)
「ユキヒョウのうた」が完成した頃、博士号を取得して一段落したこづえさんが研究でお世話になった円山動物園(札幌市)に行くというので、さとみさんもそれに同行。そこで旭山動物園(旭川市)園長の坂東元さんを紹介してもらい、姉妹と保全活動について話し合った。坂東さんは園長として、野生動物本来の動きを引き出す「行動展示」を実現し、ボルネオ島の野生動物の保全活動(「ボルネオ保全トラスト・ジャパン」との共同プロジェクト)にも尽力している。
「坂東さんは『生活の中で意識を変えないと、環境保全にはつながらないんです』とおっしゃっていました。ずっとこの言葉が私の心に残っていて、『ユキヒョウのことをもっと多くの人に知ってもらいたい。自分がワクワクしているように、野生のフィールドと人々をつなぎたい。そして、それを保全につなげていきたい』といった思いがどんどん強くなっていきました」(同)