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坂本龍一は、驚くほど気さくで、唯一無二の人だった/佐々木敦

坂本龍一がいない世界で

 彼は音楽家として、芸術家として、そしてひとりの人間として、七十一年の生涯を、駆け抜けるようにして生きた。私がジャーナリスティックな音楽の仕事を減らしていったこともあり、この十年ほどは──それは彼が病を公表して以後ということになるが──直接お目にかかる機会はなかった。『12』を聴いて、覚悟はしていた。だが、それでも常に訃報は突然に届けられる。とある仕事のために彼のディスコグラフィーをまとめて聴き直したばかりだった。私は彼の死を伝えるスマホの画面を見て、一瞬、息が出来なくなった。目を逸らし、もう一度見て、それが事実なのだと確認して、そして大きくため息を漏らした。  坂本龍一がいない世界がやってきた。だが私たちには、彼が遺してくれた沢山の音楽がある。音楽は永遠だ、というのはいかにも陳腐な紋切り型でしかないが、しかし紛うかたなき真実である。偉大なる「世界のサカモト」ではなく、自分に出来ること、すなわち音楽によって、世界の複雑さと多様さと豊饒さを表現し、そのことによって世界を悲劇から守ろうとした稀有なる存在、それが坂本龍一だった。私たちは彼の音楽を何度となく聴き直すことで──こんな言い方が許されるならば──彼の魂と交信する。その唯一無二の音楽が流れ出せば、いつでも坂本龍一はそこにいるのだ。
佐々木敦氏

佐々木敦氏

<文/佐々木 敦> 【佐々木 敦】 1964年、愛知県生まれ。思考家。音楽レーベルHEADZ主宰。広範な範囲で批評活動を行なう。著書に、『ニッポンの思想』『ニッポンの音楽』『ニッポンの文学』(講談社現代新書)、『あなたは今、この文章を読んでいる。』(慶應義塾大学出版会)、『シチュエーションズ』(文藝春秋)、『未知との遭遇』(筑摩書房)、『これは小説ではない』(新潮社)、『批評王──終わりなき思考のレッスン』(工作舎)、『絶体絶命文芸時評』(書肆侃侃房)、『反=恋愛映画論──『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで』(Pヴァイン)、『映画よさようなら』(フィルムアート社)、『増補・決定版 ニッポンの音楽』 (扶桑社)など多数。2020年、「批評家卒業」を宣言。同年3月、初の小説「半睡」を発表した。 増補・決定版 ニッポンの音楽
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