自己破産した元“ハロプロ”アイドル41歳が語る、正社員で就職するまでの苦労「職歴も嘘偽りなく書きました」
解散後は「タイダイ染め」に挑戦
――メロン記念日解散後、自己破産に至るまではどのように生活されていたのでしょうか。
大谷:メロン記念日を解散した後は、ソロでライブ活動などをおこなっていました。そのなかでファングッズのTシャツを見て、「同じものを何枚も刷って販売するのって、どうなのかな」と思いまして。それからタイダイ染めというものに挑戦するようになりました。
いわゆる絞り染めというもので、ぎゅっと絞った状態でTシャツを手染めします。1つひとつ手作りになるため、1つとして同じものが作れないランダムな色の広がりが魅力的で。といっても、私は最初、結構否定的だったんですけどね。「人を選ぶ柄だよな~」って。
でも、ある時にファンから「まーしー(大谷氏の愛称)が着てそうな柄」と言われて、試しに作ってもらったんです。真っ白なTシャツだったのに、返ってきたらすごく鮮やかで驚きました。それですぐにハマって……人から影響受けやすいんですよね(笑)。
でもファンの人のイメージで作ったTシャツが、イメージした当人に買ってもらえるととても嬉しくて!「ちょうどアナタをイメージして染めたTシャツだったんだよ!」と楽しくなりました。
ほかにも同じく1つずつ手作りの陶芸作品を販売したりしていました。腰がバキバキになるくらい集中して取り組んだ作品は、クラウドファンディングの力も借りて、個展を開かせていただいたことも。
自己破産に至ったコロナ禍での生活
――解散後も色々な活動をされていたんですね。特に収入の柱となったのは?
大谷:どれも楽しかったのですが、収入の柱としては配信活動が大きかったです。良い時は月に40万~50万円ほどの収入になっていたので、本当に頼り切りでした。しかしコロナ禍を機に配信活動への注目がアップし、よりクオリティの高い配信をする人が増えていったんです。
なかには現役で夜の華やかなお店で働く人たちもいて、お店の顧客を引き連れてきたようでした。ファンはアプリのランキングで私を上位にしようと課金してくれるパターンが多かったのですが、羽振りの良いお客さんを抱えた層にはさすがに太刀打ちできず、勝ち目がない状態になってからは課金がストップ。配信による月の収入は1万円まで減りました。
――コロナによる影響が大きかったということですね。
大谷:さらに追い打ちをかけるように、開業予定だったネイルサロンの話が頓挫しまして……。自分で使う予定だった機材などを取り揃えるためにした借金500万円が返せなくなり、自己破産という形をとりました。
私は配信をする上で「同じ服を着て配信をしたくない」というポリシーがあったので、そうした面でも出費がかさんでしまったのはあるかもしれません。ただここで購入した機材は仕事用のもので、まったくの無駄にはなりませんでした。現在の仕事にも活かせていています。
営業・バス運転手・SEといった職を経験してきたジョブホッパー。編集プロダクションでの修行を経て、現在はフリーライターとして活動中。将来はボルゾイを飼いたいと願ってやまない
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