水産物価格高騰の原因は?
回転寿司業界を苦境に追い込んでいる水産物価格の高騰ですが、そもそもその原因はなんなのでしょうか。
農林水産省によれば、2021年度の魚介類の自給率(重量ベース)は57%にとどまっています。つまり、私たちが口にしている魚介類の4割以上は輸入品ということになります。そう考えると、ほかの多くの食料品と同様に円安や原油価格の高騰が水産物価格を押し上げる一因となっていることは間違いないでしょう。しかし前述のとおり、消費者物価指数においては食品の中でも生鮮魚介が突出して高騰しているのです。
これを説明するのは、それほど単純ではありません。こと生鮮魚介の価格高騰においては、漁獲量の減少や国際的な争奪戦の中での買い負け、サプライチェーンの崩壊によるコスト増など、それ以外の要素も複雑に絡み合っています。そしてその絡み合い方は、魚種によっても異なってきます。
まず、皆さんに身近な回転寿司の定番ネタ「サーモン」を例に説明しましょう。これまで、手頃な価格で提供されるサーモンは、ノルウェーとチリが2大供給地でした。大規模に養殖されることから価格や供給量も安定していたのですが、2022年の春、回転寿司店のレーンから消えかけました。
原因はウクライナ戦争です。ロシア上空を民間機が飛行できなくなったことで、ノルウェー産サーモンの空輸に支障が出たのです。報道によれば、ノルウェー産の輸入量はロシアの侵攻開始直後に30%も減ったといいます。
安価で子供から大人まで幅広い世代に愛される寿司ネタ、サーモンだが、2貫100円での提供はもはや難しい
ただ、すぐに中東などの迂回ルートが確立され、供給量自体は回復しました。しかし、回転寿司のレーンに戻ってきたノルウェー産は価格が1.5倍となり、国産の生鮮サーモンに切り替える店も出てきました。迂回による輸送コストが転嫁され、ノルウェー産の仕入れ値が採算ラインを越えたのです。
一方、水産商社には供給義務があるので、国産サーモンなどの代替品が用意されるまでは、赤字でも納入しなければいけない契約になっています。ロシアを迂回するルートを構築するのは容易ではなく、航空運賃は一時的に5倍にまで跳ね上がりました。それでも納入売価は契約によって変えられません。外食や小売りが契約で縛ることで、物価が上がりにくい構造ができあがってしまっているのです。
外国産の生食用のサーモンやトラウトが100円皿の寿司ネタとして日本に輸入・流通しているパターンは大きく分けて3つあります。まず1つめは、ラウンド(丸一匹の状態)を生のまま空輸でアジア各地にある水産加工場に運び、そこで寿司ネタ用にカットして凍結。日本に船(冷凍コンテナ)で運ぶ方法。2つめは生産地の加工工場でフィレ(三枚おろし+骨取り)にしたものを凍結し、日本まで海上輸送。各店舗で切り分けて提供するというパターン。そして3つめは、凍結したサーモン原料(頭部と内臓を除去した状態)を海上輸送で加工工場に運んで一旦解凍し、寿司ネタ用にカットして再び凍結。また船で日本まで輸送するという方法です。
コストとしては、1が最も高く、2は店舗でのコストやオペレーションの手間がかかります。3はワンフローズン(冷凍回数1回)で済む1や2と比べ、一度解凍して再冷凍するため、味や品質面ではやや劣りますが価格が大幅に抑えられます。特に3のチリ産トラウト寿司ネタスライスは2021年まではキロ当たり2000円前後で取引されていましたが、2022年には2800~3000円となっています。国産トラウトはさらに高く、キロ当たり3500円ほど。1~2は言うまでもなく2貫100円で提供することは不可能となりました。
これらを、一般的な回転寿司のネタのサイズ(8g)に換算すると、単純計算で1枚当たり22円以上。一皿2カンとして、寿司ネタのみの原材料費が50円もしくはそれ以上となると、100円の売価を維持することは難しいと予想します。その後、ウクライナ侵攻を原因とするサーモン市場への影響は一段落しましたが、価格は依然高止まりしています。円安と諸外国の消費増による「買い負け」も原因になっていると思われます。
‘79年、東京都生まれ。東京・築地の鮮魚市場に務める父の姿を見て育つ。大学卒業後、テレビ局ADを経て語学留学のためアルゼンチンに渡り、現地のイカ釣り漁船の会社に採用され、日本の水産会社との交渉窓口を担当。‘05年に帰国し、輸入商社を経て大手水産会社に勤務。‘21年に退職し、水産貿易商社・タンゴネロを設立。水産アナリストとして週刊誌や経済メディア、テレビなどに寄稿・コメントなども行っている。
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