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走る哲学者・為末大が考える“子どもに伝わることば”とは?学習には身体感覚が必要

 元オリンピアンで400メートルハードル日本記録保持者の為末大さんと、言語・発達心理学者の今井むつみさんの対談本『ことば、身体、学び 「できるようになる」とはどういうことか』を記念して、お二人にことばと身体がどのようにつながっているか、学びとはどうあるべきかをお話しいただきました。

ことばと身体がつながるとは

――『ことば、身体、学び』のなかで、ことばと身体がつながっているというお話をされていました。 今井:そうですね、子どもがことばを学習するためには身体感覚が必要です。例えば「お片付けしなさい」ということばは、実はとても抽象的で、子どもはよくわかりません。このようなとき、感覚や身体に近いオノマトペを使うと理解できるということがあります。 為末:スポーツの分野では近年、コーチングのことばは科学的で正確でなければならないというふうになっています。でも実はオノマトペを使うほうが伝わることということがあります。特に子どもに指導するときはそうですね。 今井:正確という点では、オノマトペの方が、動きに対してより正確な気がします。例えば、素早くと言ってもいろいろありますよね。 為末:まさにその通りで、前方向に素早くなのか、足を素早くなのか……。私たちが普段、「正確」だと思って使っていることばも、よく考えると非常に抽象的かもしれません。  ことばと身体の関係を考えるとき、今井先生からうかがった記号接地問題は非常に興味深かったです。

大人の世界でも同じことが

今井:記号接地問題はもともと哲学の問題です。少し難しい話になりますが、私が学生だった30年以上前、言語は身体から遊離した抽象的な記号の集合と考えられていました。でもそれは本当にそうなのか疑問を投げかけたのが認知科学者のスティーブン・ハルナッド氏でした。ハルナッド氏は言語学習を始めるためには、ことばが身体あるいは経験に結びつけられている必要があるのではないかという記号接地問題を提示しました。 為末:子どもはことばが分からない段階では、オノマトペ的なことばで、自分の体を通じて、記号接地するというイメージがあります。例えばつるつるやザラザラの感触を自分の中で実感として持って、世界をことばで切り分けていくことも、記号接地に近いのではないでしょうか。  また、オノマトペではないのですが、大人の世界でも同じようなことがあります。走る競技でよく使う「乗り込む」という表現は、体験したことがない人には、どのように説明しても伝わりません。でも一度、身体的に理解すると、「乗り込む」ということばを、実感を持って、さまざまな角度から表現することができるようになります。これも記号接地的な体験かなと思います。 今井:そうだと思います。私も「乗り込む」という言葉は知っていますが、走るときの「乗り込む」は、身体に接地していないので全然わからない (笑)。
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「走る」と「歩く」の境界線
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ことば、身体、学び 「できるようになる」とはどういうことか

私たちが意識せず使いこなす
「ことば」とは何だろうか

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