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走る哲学者・為末大が考える“子どもに伝わることば”とは?学習には身体感覚が必要

「走る」と「歩く」の境界線

今井:私が記号接地問題に興味を持ったきっかけは、言語によって、概念を示すことばの切り分けが異なることでした。例えば、日本人が赤だと認識する鳥居の色は、アメリカでは典型的なオレンジです。  日本語にはないようなことばの切り分け方をする言語の学習が難しいのは、日本語による世界の切り分けが自分の身体の一部になっているからだと思います。このようなことも、記号接地に含まれるかなと思います。 為末:僕は言語によって理想の走りが違う、つまり英語話者の最高の走りと日本語話者の最高の走りは違うかもしれないと思っているのですが、先生はどう思われますか? 今井:え~、考えたこともなかった! でも面白いことに、日本語には「走る」と「歩く」しかありませんが、言語によってはサブカテゴリ―が複数あって、英語の「走る」はジョグ、ラン、ダッシュ、スプリントと区別されています。  そこで以前、いろいろな走り方の映像を、英語、オランダ語、スペイン語、日本語の話者に見てもらい、言語によって映像の類似性の認識に違いがあるかを実験しました。  すると、どの言語でも「歩く」から「走る」に変わる速度は同じでした。また、言語を介さず、映像だけでどの映像とどの映像が似ているかを見てもらうと、各言語ともかなり近づきました。ところが、映像に「ジョグ」「ラン」などの名づけをしてもらうと、非常に異なりました。

シンプルなことばのほうが効果があることも

為末:ある映像を「似たグループ」として認識するとき、それぞれの言語話者によって、その認識が異なるということですか? 今井:そうなのです。言語を介するとそのような傾向があります。各言語の話者がある映像を全く違うものとして認識するようなことはありませんが、言語の影響が全くないといはいえないという結果でした。  これをコーチングの場面で考えると、どのようなことばを使うかはやはりとても難しいのではないでしょうか。 為末:本当に難しいです。技術指導では正確に伝える必要があるのですが、大学院で学んだ人がコーチングの現場に戻ると、教えることが下手になっていることがあります。それは研究の言語を実感が伴わないまま使って、伝わらないというパターンだと思います。  むしろ「はやく動かす」とか「力強く」というシンプルなことばのほうが、効果があったりします。また、試合の時は、「俺たちはやれるんだ!」などと連呼するコーチのほうが、ことば自体にあまり意味はなくても、選手が元気になるということもあります。
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リーダーシップのことばと学びに大切なこと
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ことば、身体、学び 「できるようになる」とはどういうことか

私たちが意識せず使いこなす
「ことば」とは何だろうか

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