更新日:2023年10月27日 11:30
ライフ

完璧主義のアナウンサーが発声障害に…「噛んでも命を取られるわけではない」と思えるようになるまで

「噛んでも命を取られるわけではない」と思う境地に

山田祐也氏

祖父との思い出を語ってくれた

 発声障害を患い、自分の声とこれまで以上に格闘した日々について、山田氏はこんなふうに振り返る。 「かつての私は、『プロのアナウンサーである以上はかくあるべし』という理想に凝り固まっていました。原稿読みから発声から、すべてにおいて完璧主義だったのだと思います。しかし現在は、たとえニュース読みで噛んでしまっても命を取られるわけではないし、慰留してくれる上司もいて、応援してくれる視聴者の皆さんがいることもわかりました。  私にとって実況アナウンスは、祖父との楽しい思い出を蘇らせてくれる原体験でもあります。北海道出身の私は、幼いころ、祖父に連れられて札幌競馬場を訪れました。芝生を換えたばかりの青々としたターフをサラブレッドたちが颯爽と走り去る姿に、熱気を帯びた実況アナウンス。帰りの車では、アナウンサーになったつもりで隣の車線の様子などを実況したのを思い出します。  思い入れの強い職業だけに、自分がアナウンサーの看板を汚してしまうのではないかと悩んだ時期もありました。しかし今は、私が勇気を出して声をあげることによって、かつての自分のように孤独感を抱える患者さんの力になれたらと思っています」  発声障害は完治はしないものの、現在、山田氏の病状は落ち着いている。一時は自らの存在価値さえ疑っていた新進気鋭のアナウンサーは、「将来は、あらゆるスポーツの実況を勉強して現場に出たい」と展望を語るまでになった。  人々に事実を伝える――。その一点だけのために研鑽し続けた若き努力家は、声の一部を欠損したことによって、深い部分の機微に触れた。山田氏の声は、元来の誠実さに加え人の琴線に届く“ゆらぎ”を獲得することで、円熟味を帯びて聞く者の耳に落ちる。 <取材・文/黒島暁生>
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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