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19歳の芦田愛菜、“初の社会人役”で注目。『さよならマエストロ』初回放送でわかったこと

志帆が国内にとどまった理由は?

 初回の終盤で志帆は実際には渡仏せず、晴見市にとどまっていることが明かされた。廃団が決まった晴見フィルハーモニーの団長・古谷悟史(玉山鉄二)と一緒にいた。思わせぶりなシーンだったが、これを不倫と見るのは現段階では早計に違いない。  志帆はまだ廃団の決定前だった晴見フィルハーモニーの指揮者に俊平を就かせ、楽団の存続に手を貸したかったのだと見る。実現したら、才能ある俊平が指揮者の活動を再開することにもつながるし、響との関係修復につながる可能性もある。俊平の性格を知り抜いているから、頼まれたら断れないと踏んだのだろう。  楽団の存続はかなわなかったが、俊平の奏者たちへの指導は少しずつ実を結びつつある。楽団は着実に進化しており、失笑を浴びながらの廃団とはならないだろう。一方で響の俊平を見る眼差しも少しずつ変化してきた。今のところ志帆の狙いどおりだ。  響は当初、俊平に対し、「あなたが何をやってもどうでもいい」と突き放し、さらに「1つだけあなたに言っておきたいのは、よそでやって欲しい」と拒絶していたが、ティンパニー奏者・内村菜々(久間田琳加)への俊平の指導に陰から耳を傾けていた。その時の表情に嫌悪はなかった。  一方、志帆はなぜ楽団の存続に協力しようと考えたのか。晴見市の仕事を通じて古谷と知り合い、なんとかしてあげたいという気持ちもあっただろう。それより大きいのは志帆も同じ芸術の世界に生きているからではないか。

利益至上主義に疑問を投げかける

 白石一生(淵上泰史)は赤字だからと楽団を潰し、コンサートホールは外資系企業に売却する道筋をつくった。現実社会でも自治体、企業を問わず、採算が合わないものは次々と潰している。リーマン・ショック(2008年)以降に目立ってきた流れだ。しかし、それに首を捻っている人も多いはず。  俊平は演奏を前にした楽団員に向かって、こう言った。 「僕は信じているんです。音楽は人の心を救うことが出来る」  利益にならないものほど生きがいや潤いになりやすい。欧米では市民楽団や美術館は地元の誇り。メセナ活動(企業による芸術文化支援)に熱心な企業は尊敬される。この作品は利益至上の風潮に疑問を投げ掛ける側面もある。  最終盤の響は俊平が指揮する「運命」の演奏を聴き、羨望と悲痛、怒りが入り交じった複雑な表情をした。ヴァイオリンを止めてしまい、落語ばかり聴いているが、本当は音楽が大好きなのだろう。それが出来ない辛さや怒りも抱えている。この作品は音楽人としての響の再生の物語でもあるのではないか。 演奏が終わった後、響に声を掛けた人物がいた。二朗だ。 「運命かも知れませんね。あの人が指揮するってことは」  二朗は俊平から断片的にしか経緯を聞いていないはずだが、すべての事情を呑み込んでいるようだ。二朗はこの作品においてストーリーテラー(物語の語り手)である。ベテランの名優・西田らしい役どころだ。  この二朗の言葉には深みがある。俊平の運命とは愛する家族の住む晴見市で指揮することなのか、それとも指揮者活動を再開し才能を生かすことなのか。おそらく、どちらも意味している。
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大島美里氏の脚本に期待が集まる
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放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員

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