がんで亡くなる寸前の著名人はなぜ“面やつれ”しているのか。命に繋がる筋肉の最新研究
近年の医学研究によって、筋肉はたんに体を支える以上の重要な働きをしていることが明らかとなりつつある。筋肉研究の第一者で、筋肉博士とも呼ばれる石井直方先生の新著『いのちのスクワット 鍛えれば筋肉は味方する』では、がん克服にも筋トレを活用してきた著者の実体験を元に、筋肉強化の極意がまとめられている。同書から、筋肉に関する要注目の研究報告と、効率的に筋肉を強化できる筋トレを紹介する。
筋肉は体を支える土台です。私たちが重力に逆らって真っすぐ立っていられるのも、抗重力筋を中心とした筋肉がしっかり働いていればこそ。しかし、筋肉の役割はそれだけではありません。医学研究の進展によって、筋肉の新たな役割が解明されつつあります。
中でも多くの研究が行なわれているのが、筋肉から直接分泌されるホルモン様物質であるマイオカインの働きです。マイオカインとは、ギリシャ語の「Myo(筋)」と「kine(作動物質)」から作られた造語で、筋肉から分泌された生理活性物質がホルモンのように働くのです。現在では100種類以上のマイオカインが見つかっていますが、ここでは、「イリシン」と「スパーク」という2つのマイオカインについて解説しましょう。
イリシンは筋肉から分泌されると、血液を介して脳の海馬(短期記憶の中枢)まで届き、海馬を活性化させることがわかってきました。以前から、マウスに運動させると、「賢くなる」ことが知られていました。運動させたマウスは実験用の迷路で迷いにくくなるのです。運動によって頭がよくなることには、筋肉の活動によって分泌されるイリシンが関わっている可能性があると考えられています。ことにイリシンが着目されているのは、認知症予防の観点から。アメリカの疫学研究によると、よく活動している高齢者は不活発な高齢者に比べて、アルツハイマー型認知症になるリスクが3分の1になると報告されています。ここにもイリシンが関与しているのかもしれないのです。
以前から、よく運動している人は大腸がんになりにくいということが知られていました。マイオカインの1つ、スパークには、大腸がん初期のがん化した細胞を自死(アポトーシス)に追い込む働きがあることが報告されています。スパークを培養した大腸がんの細胞に与えると、がんは成長せず、縮小していくのです。ヒトを対象にした実験でも、運動すると血中のスパーク濃度が上昇することがわかっており、運動好きな人が大腸がんになりにくいのも、スパークから説明する仮説が成り立ちそうです。
がんが進行すると、どんどん筋肉量が減っていきます。この現象は、「悪液質による筋委縮」と呼ばれ、がんの有力な死因の1つとされています。がんに罹患した著名人の、亡くなる寸前の驚くほどやせ細った姿を見て、驚かれた覚えのあるかたも多いでしょう。そうした面変わりにも悪液質による筋萎縮が関わっていると考えられるのです。
逆にいえば、筋肉さえ落ちなければ、がんにかかっても生きられる。その可能性が高いことがわかってきました。がんを移植されたマウスは、そのままにしておけば、筋肉量がみるみる減って死んでしまいます。ところが、筋肉増量剤を与えられたマウスは、同じがんにかかっていても、健康体のマウスと同じくらい生きるのです。筋肉をしっかり維持することが命に直結するということです。
私自身がんになり、文字通り、筋肉がやせほそっていく体験をしています。がん治療を続けながら、筋トレを実行し、筋肉を保ってきたことが、今日までの私のがんとの闘いを支えてきたといっても過言ではありません。
新たに見つかった筋肉の機能――ホルモンの分泌器官
がんで亡くなる寸前の著名人がなぜ面やつれしているのか
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