医学部生に彼女を奪われて一念発起。“現役医師のお笑い芸人”が誕生するまで「正直ある程度のお金もある」
「バキバキの信者VS医者」シリーズのバズで人気急上昇中のお笑い芸人・井たくま氏。“現役医師”でもある彼は、なぜお笑い芸人の道へ踏み出すことになったのか——。
医学部生に元カノを奪われ勉強に燃えた浪人時代や、医者芸人だからこそ見舞われたトラブル、今後の展望について聞いた。(記事は全2回の2回目)
——井たくまさんはお笑い芸人になる前からお医者さんだったんですか?
井たくま:はい、そうです。佐賀県で2年間の初期研修を終え、翌年4月から東京へ来て太田プロダクションの養成所に入りました。
——そもそもなぜお医者さんになろうと思ったんでしょうか?
井たくま:実は、心の底から医者になりたくてなった、というわけではないんですよね。受験をして入った高校が進学校で医者の子供とかも多くて。周りの仲が良いやつらがだいたいみんな医者を目指していたので、「じゃあ自分もなった方がいいのかな」ぐらいの気持ちでした。
ただ唯一、「絶対に医学部に行ってやる」と燃えた出来事がありました。受験生時代にお付き合いをしていた子がいて、その子が通っていた塾までいつも送っていたんです。最終的にはお別れしてしまって、彼女は医学部に入学し、僕は浪人生になりました。でも後に風の噂で、その元カノが、塾でアルバイトをしていた医学部生と大学入学後に付き合ったらしいというのを小耳にはさんでしまって。
それを聞いたら「ちょっと待って!? 俺って毎日次の彼氏のもとに安全に彼女を送り届けてたんか?!」と無性に元カノにも医学部生にも腹が立ったんですよね。当時自分は浪人生だったんで、その怒りをエネルギーに勉強に打ち込みました。
——理由はどうであれ(笑)、医学部に入学できるぐらい勉強したのはすごいことですね! 大学に入ってからは芸人になるために何か活動していたんですか?
井たくま:大学時代は、芸人になるための活動はほとんどしていませんでした。ジャズ研究会に入部したので、むしろそちらに打ち込んでいました。担当はコントラバスで、ジャズ喫茶で演奏したり、サークルの部長にもなったりとかなりのめりこんでいました。一応留年しない程度の勉強もしてという感じで。
——そうなんですね。そう聞くとお医者さんに向けて一直線な感じがしますが、転機が訪れたのはいつですか?
井たくま:医学部を卒業して研修医になってからですね。たいした志もなく医学部に入ったので、「俺本当に医者になるの?医学にものすごい興味が出た瞬間とかなかったよな?」というまま6年間過ごしてしまった。その後2年間の研修に入ったんですが、比較的ゆったりとした病院だったのに、それでも相当きつく感じました。
決定打になったのは、これは真面目に働いているお医者さんたちに怒られちゃいますが……、「今後の人生もう決まったな」と感じてしまったことですね。
この先何歳で研修医を終えて、何歳で専門医試験を受けて、何歳でどこかの部長になるか開業する……極端ですが「この先の人生がすべて決まったってことは、もう死んだのと一緒だな」なんて思ってしまって。
あとは当たり前ですが、医者って独自性があまり必要ないんです。「今日はちょっとオリジナリティ出してここの血管切っておきました~♪」なんて絶対だめですよね。そうすると「俺じゃなくても、他の人がやっても一緒だな」という気持ちも湧いてきてしまった。
そういう漠然としたモヤモヤを抱えていたのと、小さいときから目立ちたいとか面白い話で人を笑わせるのってすごいと思っていた感情がつながって、「お笑い芸人ならワンチャンいけるんじゃねえか!?」ぐらいの気持ちで踏み出しました。

井たくま氏
元カノを医学部生に奪われ一念発起
医者になって「もう死んだのと一緒だ」とお笑いの道へ

演奏中の井たくま氏(提供写真)
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フリーライター。全国紙記者、ブランディング会社ライター・ディレクターを経て現職。暴れん坊の猫3匹を飼っています。
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