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夢をあきらめられないアラフォー男を突き動かすものとは

いつまでも変わらない今ドキの40歳の日常とは?

あるフリーターの場合「夢か、死ぬか」

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 脚本家を目指す西村淳哉さん(39歳)の毎日は、昼すぎに始まる。夕方からブックオフでのバイトに出かけ、24時すぎに帰宅。風呂に入り、読書をして気分を盛り上げた後、机に向かう。年3本のペースで、賞を目標に作品を仕上げていく。昨年はついに、新人脚本家の登竜門・城戸賞の準入賞を果たす。「これでイケる!って思ったんですけど、何もなかったですね」と語る笑顔に屈託はない。

「焦り始めたのはつい最近。頭おかしいくらいに自信満々だったんですよ。今も考えるのは、夜中のひとときだけですけど(笑)」

 西村さんが映画に目覚めたのは、小学生時代。『地獄の黙示録』がきっかけだった。そこから、すべてを映画に結びつける人生が始まる。将来、ハリウッドに行ったとき英語は必要。国語ができないと、シナリオも書けない――。

 慶応大学哲学科に入学したのも、シネ研に入ったのも、映画のため。就職の際、不動産業メインだという映画会社ではなく、ドラマ専門の映像制作会社に入社したのも、すべて映画のためだった。

 が、ドラマ専門制作会社で、西村さんが担当することになったのが、あるバラエティ番組のAD。映画からは離れたが、そこで、台本や脚本の重要性を学ぶという収穫もあり、その番組の終了を機に退社。脚本家へと方向転換をする。

「自分で勉強して、シナリオコンクールに出せば、パパパッといくと思ったんですよね」

 が、29歳のときにシナリオ学校に入学するも、書きもせず、学校に行っては同じ夢を持つ仲間と盛り上がって、朝帰りという毎日。

「当時はバイトもせず、毎月、親からお小遣い10万円くらいもらってました。それで、さすがに親も勘弁してくれ、なんでもいいから働いてくれと。そのとき、たまたま本を売りに行ったブックオフがバイトを募集してたんで」

 それから8年。いつしか、店長もバイト仲間もほぼ年下。社員にならないかという誘いもあった。

「ダメかもって、正気に戻る瞬間もあったんですけど、人生のすべてを映画に結びつけてきたんで、諦めるとなったら、生きている必要がなくなっちゃうなあと。店長に、『シナリオを続けるか、死ぬかなんです』と言ったら、『西村さん、スゴいっスね』って言われました。若干、引き気味でしたけど(笑)」

 世間体よりも、自分が充実感が持てることを最優先に生きてきた。

「でも、僕みたいな人ばかりだったら、世の中、大変ですよね」

― 最近の40代は子供っぽ過ぎる!【4】 ―

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