エンタメ

SOPHIA松岡充さんの覚悟に圧倒された【鴻上尚史】

SOPHIA,松岡充,鴻上尚史,リンダ リンダ

公式HPより

 いよいよ、音楽劇『リンダ リンダ』の幕が開きました。東京は7月22日までの長丁場です。  7週間弱の稽古期間も、過ぎてしまえばあっと言う間です。  主演の松岡充さんは、毎日、稽古開始の一時間以上も前に来て、腹筋やストレッチを入念にして、発声練習を終えてから、13時から21時までの8時間の稽古に突入しました。  男性読者の中には、SOPHIAの松岡さんは、イケメンでビジュアル系の、ナンパなイメージを持っている人もいるのじゃないかと思います。かく言う僕も8年前、直接お会いするまでは、それに近いイメージを持っていました。  が、直接話してみると、じつに真面目な人だと分かりました。自分の身体を作ること、声を自由に操ろうとすること、歌がうまくなること、そのことにとても貪欲な人でした。 「結局、歌の上手い奴が生き残るんですよね」  今回の稽古の時、ある歌手の話をしていて、松岡さんがポロリとつぶやきました。  どんなにテレビに出ようと、イケメンであろうと、その歌手が何十年も生き延びるかどうかは、結局は歌の上手さであり、そして、上手さを保証するのは、レッスンでしかない、ということを松岡さんはさらりと言ったのです。  歌とか演技は、イメージとしては、才能とかセンスとして語られがちです。天性に上手い人がいて、歌手として生まれてきた人がいる、と。けれど、毎日、黙々と発声練習を続けている松岡さんを見ていると「結局、歌は努力なんだ」と分かるのです。  高音になっても力まない歌い方、音程を安定させる歌い方、迫力を出しながら声帯を守る歌い方。それらは、センスとか才能とかではなく、努力・技術なんだと。  そして、松岡さんを見ていると、歌手・俳優として、生き延びるんだという決意の強さに圧倒されます。 ◆死に物狂いの努力。結局はこれなのだ 「20世紀の最後のアイドル」というキャッチコピーだった高橋由美子さんも、今回、参加してくれています。  飲み会の席で「アイドルがやがては女優になりたいと言っていることをどう思うか?」という話になりました。 「女優になるってこと、女優を続けるということは、本当にしぶとくないとできないと思うよ」  由美子さんはしみじみ言いました。 「私はソロだったから、今、まがりなりにも女優をやれてるんだと思うんだよね」  例えば、AKB48のメンバーの多くは、将来の希望を「女優」と書いています。「生涯一歌手」と思っている人より断然多いようです。  グループでアイドルをやるしんどさはちもろんあるでしょうが、それでも、励まし合ったり、誰かが楯になったりと、たった一人でアイドルをやっている場合より、(中心メンバーの数人を除けば)受ける風はやはり少ないんじゃないかと思います。  プロとしての女優を続けるということは、一人で風を受けるということです。  僕は由美子さんの話を聞きながら、俳優志望の若者達のことを思っていました。結局、俳優としてプロになるためには、なにがなんでも俳優になってやるという「死に物狂いのエネルギー」がないとダメなんじゃないかなあと溜め息をついたのです。 「死に物狂いのエネルギー」と書くことは簡単ですが、そんな若者がどれぐらいいるのかと思うのです。この時代、不況でも、とりあえずバイトしていればそこそこ生活できる時代、「死に物狂いのエネルギー」を持続して持つことは可能なのかと。  演出家の蜷川幸雄氏は「心の中に怪物を飼え。決して安定するな」と言いました。そんな生活に耐えられる若者は何人いるのでしょうか。  松岡さんも由美子さんも、生き延びた理由がよく分かります。松岡さんは、8年前と全く変わらずイケメンで奇跡の若さですが、それもまた、毎日のトレーニングの結果だろうと分かるのです。  センスとか才能とかより、死に物狂いの努力をした人間だけが、表現の世界で生き残ることができるのだと、厳粛な事実に気づくのです。  音楽劇『リンダ リンダ』で検索していただければネットでチケット、買えます。当日券もご用意してます。劇場で待ってます。んじゃ。 <文/鴻上尚史> ― 週刊SPA!連載「ドン・キホーテのピアス」
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

『週刊SPA!』(扶桑社)好評連載コラムの待望の単行本化 第19弾!2018年1月2・9日合併号〜2020年5月26日号まで、全96本。
不謹慎を笑え (ドンキホーテのピアス15)

週刊SPA!の最長寿連載エッセイ

おすすめ記事