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【将棋電王戦第3局観戦記】コンピュータの4手目「△7四歩」の意味は?

 4月6日、将棋のプロ棋士5人と5つのコンピュータ将棋ソフトが対決する『第2回 将棋電王戦』の第3局が、東京・千駄ヶ谷の将棋会館で行われた。中堅戦は、終盤力に定評がある若手実力派・船江恒平五段と、昨年の『世界コンピュータ将棋選手権』で3位(42チーム中)となった「ツツカナ」の対決。第1局はプロ棋士が勝利、第2局はコンピュータがついに対プロ棋士戦で初勝利。そして1対1のタイで迎えた第3局は、団体戦の今後を占う上で重要な意味を持つ対局となった。

⇒前の記事へ(http://nikkan-spa.jp/420273)「ツツカナ」とは?

 午前10時。対局開始早々に「ツツカナ」から驚きの一手が飛び出した。4手目に指されたのは「△7四歩」。これは将棋の定跡には、まったく存在しない手である。

「これは……どういうことなんですかね?」(鈴木大介八段@ニコ生解説)

「ツツカナ」が指した「△7四歩」は、それを指したからといって、いきなり優勢になったり、形勢を損ねるような手ではない。しかし、長い将棋の歴史の中で前例が極めて少ない、いわゆる定跡の手ではないということは、具体的なメリットがないと思われている一手、ということである。ではなぜ「ツツカナ」は、これを指したのか。

「この4手目までは、事前に私の方で『ツツカナ』が指すように入力した手でした。(第1局の展開を見て)定跡の形では、どれもコンピュータの弱点を研究されつくしているんじゃないかと疑心暗鬼になりまして……。実はもう少し先まで予想して入力していた変化もあったんですが、5手目で▲5八金とされて外れたので、あとはすべて『ツツカナ』が自力で考えています」(「ツツカナ」開発者・一丸貴則氏)

 今回の第3局では、事前に最新バージョンに近い「ツツカナ」が、船江五段に貸し出されていた。これは「全力を出し切りたい」という船江五段の心意気に応じてのことであった。しかし、同様に事前にソフトの貸し出しを受けていた第1局では、阿部光瑠四段が「習甦」の弱点を研究し、あまりにも見事な勝利をおさめたという流れがある。この将棋を見た一丸氏が、「ツツカナ」が力を出し切れずに負けてしまうことを恐れた結果が「△7四歩」という一手になったわけだ。

 ただし「△7四歩」の善悪は微妙である。第2局でも明らかになったとおり、そもそもコンピュータは「迷わないし、怖がらない」ことこそ、プロ棋士に対して優位なポイントの1つではなかったか。

「事前の研究はかなりの部分がムダになったかもしれないですけど、これで(船江五段が)悪くなるということではないですし」(鈴木大介八段@ニコ生解説)

「うーん。むしろ勝手に少し悪い形で来てくれているという意味では、ありがたいかも。終盤まで定跡形で互角っていうほうがイヤですよ」(遠山雄亮五段)

 実際のところ、対局後の取材で、船江五段はこの「△7四歩」を人間同士の研究会でも経験していたことが明らかになった。さらには、船江五段の師匠である井上慶太九段も、過去に「△7四歩」を指した実戦例があるという。そんな不思議な因縁もあってか、先手の船江五段は慌てることなく落ち着いた指し回しで自陣を整える。

 一方で後手の「ツツカナ」は、どんどん銀を前進させる。通称「早繰り銀」と呼ばれ、早い攻めを目指す形だ。とはいえ、まだまだ戦いの準備は整っていない。もうすぐ昼食休憩ということもあり、勝負は午後からという空気が控え室に充満していたところで、またも驚きの一手が飛び出した。34手目「△7六歩打」だ。

 控え室のあちこちから「ええ!?」「ひええ!」という声が上がる。しかし、これはプロ的には「ひと目では無理攻め」。第1局で「習甦」の敗因となった「△6五桂」と近い感覚があるようだ。実際に、ここからしばらくは第1局と似たような展開になる。ニコニコ生放送の「ボンクラーズ」(※)の評価値は「ツツカナ」寄りだったが、第1局ではある程度進んだところで数値が逆転することもあっただけに、控え室は「たぶんなんとかできるはず」という雰囲気であった。

※『第1回 将棋電王戦』で米長邦雄永世棋聖に勝利した将棋ソフト。『第2回 将棋電王戦』第4局に登場予定の「Puella α」とほぼ同バージョン。評価値の「+」は先手、「−」は後手の有利を示す。数値が500を超えると「優勢」。1000を超えると「勝勢」となり逆転は困難になる。

 昼食の里芋煮定食を早々に食べ終わった船江五段は、昼食休憩の時間もフルに使って読みふける。「ツツカナ」の攻めが一段落ついた段階で、角金交換の駒得(※)。そこで、船江五段は攻めはじめる(47手目「▲5四歩」)。この日はおやつの注文がなく、ニコ生スタッフが運営力を発揮できる機会はなかったのだが、15時過ぎには、もうおやつを食べるどころではない終盤にさしかかっていた。

※人間の判断では金より角のほうが重要とされることが多いが、コンピュータの場合は逆と判断することが多い傾向がある。

 しかし、「ツツカナ」も簡単には土俵を割らない。68手目「△2二金打」で自陣を補強しつつ粘り、74手目「△5五香打」の王手からのカウンターをくり出す。このころになると、もう控え室は船江優勢という空気ではなかった。「ボンクラーズ」も「-858」と、かなりの大差で後手「ツツカナ」よしとしている。プロ棋士たちからも、不安の声が上がり始める。

 終盤では20数手先にいきなりどちらかに詰みがある局面になる可能性も出てくるため、いかにプロ棋士といえど「第一感では大丈夫だが、見えていない手があるかも」という不安を払拭できない。その点では、コンピュータはその力づくの計算量において信用があるのだ。

 また、ひたすら盤面だけに集中している対局者と比べれば、解説をしながらや、控え室で談笑しながらの検討では、何か見落としがあってもおかしくはない。控え室に並べられた継ぎ盤では、1手指されるごとに、船江五段の優勢を確信するべく、さまざまな変化が並べられる。そして「ボンクラーズ」の評価値が出ると、一斉に視線がニコニコ生放送のモニタに集まる、ということがくり返されていた。

 ところが、ここで「ボンクラーズ」の評価値が突然「-221」に下がる。拍子抜けする控え室のプロ棋士たち。

「プロなんだから盤面を見ようよ!」(片上大輔六段)

 そんな、のっぴきならない終盤戦で、またしても「ツツカナ」から凄まじい一手が飛び出す。94手目「△6六銀」。一見、タダで銀を捨てる手だ。

「え!? なにこれ。取ったらどうなるの?」(勝又清和六段)

「こんないい手があるんですか? でも同龍で▲1五銀から詰みがあるような」(鈴木大介八段@ニコ生解説)

 ほんの少しのミスが致命的になる局面で銀をタダで捨てる(=明らかに駒損をする)ということは、「ツツカナ」が「それを取ったら私が勝ちます」と言っているということ。このような場合、プロ棋士たちは、まず本能的に取ったら本当に負けるのかを確認する。しかし、どうも負けはない。それどころか、取った銀を使って、船江五段が「ツツカナ」の王様を詰ませる手順が発生している。これは、どういうことなのか。何が起きたのか。

⇒【つづき】150手超にわたる激戦の結末
http://nikkan-spa.jp/420791


<取材・文・撮影/坂本寛>

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