更新日:2013年04月26日 19:18

【将棋電王戦第3局観戦記】150手超にわたる激戦の結末

←前の記事へ(https://nikkan-spa.jp/420790)
第2回将棋電王戦第3局

94手目△6六銀の局面図。:日本将棋連盟モバイル(http://www.shogi.or.jp/mobile/)より

 結果的に言えば、この「△6六銀」は悪手だった。しかし、この一手には、ここでは到底すべてを語り尽くせないような背景が裏にあったようだ。ごく簡単にではあるが、大筋を解説してみよう。  この「△6六銀」が指される直前の局面、船江五段と「ツツカナ」の王様は、どちらも非常に危険な状態ではあったのだが、船江五段の龍が効いていて、「ツツカナ」が普通に攻めると負けになる手順が発生していた(通称「詰めろ」)。「△6六銀」は、それを船江五段が龍で取ると、今度は逆に船江五段の王様が詰むという手だったのである(通称「詰めろ逃れの詰めろ」)。しかし、さらに読み進めると、さきほどプロ棋士たちが即座に気づいた、取った銀を使っての詰みの分岐が発生していた。つまり「▲6六同龍」が「詰めろ逃れの詰めろ逃れの詰めろ」。コンピュータは、この「△6六銀」の瞬間、プロ棋士たちに読み負けていたのである。  船江五段もやはり読み切っていたのか、さほど時間を使わず、この「△6六銀」を龍で取る。そして、その直後から「ボンクラーズ」の評価値が一気に船江五段よしに転じる。ついにプロ棋士とコンピュータの双方が、船江五段優勢で一致した。 「練習でもこういう風に『ツツカナ』もミスをすることはよくあったので。それほど驚きはしませんでした」(船江恒平五段) 「銀を取られたら『ツツカナ』の評価値が反転したので、これはミスをしたのかなと」(「ツツカナ」開発者・一丸貴則氏)  コンピュータ将棋ソフトは人間よりもはるかに高速で多くの手を読めるのだが、共通して「水平線効果」という弱点を抱えている。あらゆる局面を読めるのは20数手までで、そこから先は水平線の先のように、まったく見えていなくなる。読む深さを機械学習するという「ツツカナ」といえども、この局面では同じ弱点が出てしまったのである。  一方で、すべての局面を読むことはできないが、柔軟かつ適切に読む範囲を絞り込み、より先まで読むことができるプロ棋士たちの強さが如実に現れた瞬間だったとも言える。そして「ツツカナ」を貸与されていたことも一役買ったかもしれないが、自分の力を信じ、時間を浪費せず銀を取った船江五段も、さすがとしか言いようがない。  その後、ミスに気づいた「ツツカナ」は、船江五段にかけられた詰めろを必至に振りほどくため守りに転じる。それを見た船江五段は、「ツツカナ」の攻め駒を冷静に取り払っていく。局面が落ち着けば、さきほど取った銀が丸々得になる。このレベルの将棋では、条件なしの銀得は大差。ただし、相手は諦めることを知らないコンピュータだ。 「ここからが『ターミネーター』みたいなんだよね」(勝又清和六段)  気がついてみれば、もう将棋は100手を超え、船江五段の残り時間は10数分ほど。しかも、残り時間を多く残した「ツツカナ」は、どんどん指してくる。局面は明らかに勝ち将棋。どう決めるのか。船江五段は顔を真っ赤にして必死に読む。指す。次第に攻めの形が見えてくる。あと少し、あと少し。そして123手目「▲2五桂打」。
第2回将棋電王戦第3局

船江五段は、脇息にもたれ、うずくまってしまう。脇にあったお茶を一口飲むと、何かを悟ったような表情を見せた。

「▲2五桂打?」「それ大丈夫?」と継ぎ盤を見つめるプロ棋士たち。どうも様子がおかしい。局面はみるみる進む。攻めていたはずが、あっという間に押さえ込まれるような形になり、船江五段の金がボロっと取られてしまう。いつの間にか「ボンクラーズ」の評価値は「-1000」を超え、「-2000」にも届こうかとしていた。しかし、もはや誰も評価値を見ていない。船江五段の時間がなくなり、1分将棋になる。何か勝ちはないのか。「行け!」「もう行くしかない」プロ棋士たちの祈るような声に呼応するかのように、船江五段が攻める。 「ひどかったです。▲2五桂打は将棋の手じゃありませんでした……」(船江恒平五段)  20時35分。船江恒平五段が投了。『第2回 将棋電王戦』第3局は、二転三転する185手の大激戦の末に、「ツツカナ」が勝利を収めた。これで団体戦の対戦成績はプロ棋士側から見て1-2となり、コンピュータ側が勝ち越しに王手をかけたことになる。副将戦となる次の第4局「塚田泰明九段 vs Puella α」は4月12日に行われる。  本局は一局を通して、極めて難しい、どちらに転ぶかわからない将棋だった。記者の将棋の力量では追いつかない部分も多々あると思われるが、ご容赦いただきたい。また、本稿では第3局の前日から当日の模様をダイジェストで振り返ったが、いったい何が勝敗を分けたのかという総評、ここまでの3局で見えてきたことについて、第3局の記者会見での対局者のコメントや第4局への展望を含め、あらためてレポートすることにしたい。 <取材・文・撮影/坂本寛> ⇒【将棋電王戦第4局】ベテラン棋士「涙の引き分け」までの一部始終 ◆第4局「塚田泰明九段 vs puella α」PV – ニコニコ動画:Q http://www.nicovideo.jp/watch/1364394037 ◆第2回将棋電王戦 特設ページ http://ex.nicovideo.jp/denousen2013/
おすすめ記事
ハッシュタグ