更新日:2023年03月20日 11:17

日本の文学[海外珍訳・誤訳]コレクション

【文学】 単純ミスもあれば、宗教観にかかわる変更訳まで  翻訳出版される日本の小説といえば、谷崎潤一郎や川端康成など日本の異国情緒をウリにした文豪の作品が主流だったが、今では村上春樹を筆頭にさまざまな作品が海外で読まれている。しかし、元帝塚山学院大学文学教授で『日本文学英訳分析セミナー』の著者である前田尚作氏は、「誤訳のない翻訳はない」と指摘する。 「原文を誤解釈した誤訳の一例を挙げますと、よしもとばなな『ムーンライト・シャドウ』に『春休みに入ってすぐ』という箇所があるのですが、これを”just before spring vacation”=春休みの直前と訳してあります。こうした単純な間違いもあれば、村上春樹『アンダーグラウンド』で、『仏を迎えて、葬儀を出さなくちゃならない』という意味の部分で、亡骸を意味する「仏」を”Lord Buddaha”としてしまうといった日本語の多様性を理解していないために起こる間違いもあります」  一方、誤訳ではなく、翻訳の際、文化的障壁を超えるべく、翻訳者が意図的に変える”変更訳”も。 「神や天使など宗教にかかわる部分では、よく変更訳が見られます。神の存在を否定するような冒涜的表現は国によっては不適切なのでしょう。また、宮部みゆき『火車』では仏壇の遺影が出てきますが、それは欧米の読者にもすんなりわかるものに変えて訳されています。村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』には、無力感を“冷蔵庫に残された魚”という比喩を用いた表現がありますが、英訳では”残り物”としている。食文化が違えばイメージするものも違いますからね」  確かに、言葉でくどくどと説明されたら、作品世界に浸っている気持ちもぶち壊し。小川洋子『博士の愛した数式』で、福耳が「ブッダのような耳」と言い直されたも、翻訳者のアイデアか。 「欧米の日本語教育も確立してきているため、誤訳は減っているとは思います。かつて、夏目漱石『三四郎』で、『障子をはたくという文章を単に、”dusted”=ほこりをはたいた、としていたのが、新訳では『dusted the shoji』となったのも、日本文化が浸透し、”shoji”が辞書に登録されたからでしょう。ただ、日本への関心が高まり、翻訳家が短時間での量産を求められるようになったら、荒い訳が増えるのではという危惧はあります」  ちなみに、中国で大人気だという渡辺淳一の作品は、かつて、その過激なエロ表現がカットされことがあるとかで、編集部で『愛の流刑地』をチェックしたところ……「秘めやかで、柔らかい叢」「ほうら、こんなになってる」「つらぬかれているう……」なども忠実かつ正確に翻訳。「わかめ酒」も「海藻酒」とママであったことを最後に報告しておきマス。 【アメリカ】 『The Housekeeper and the Professor』 『博士の愛した数式』 小川洋子 ぱさついて好き勝手な方向に跳ねる白髪が、せっかくの福耳を半分覆い隠していた。 「福耳」⇒「英訳:Buddhalike ears」 世界10か国以上で翻訳されている小川洋子の代表作。英語版のタイトルは『The Housekeeper and the Professor』で、直訳すると「家政婦と教授」。なんだか淫靡な雰囲気を感じてしまうのは、まあ、日本人だけだろう。アメリカでは大きい耳たぶが縁起がいいという認識はないようで、博士を描写した「福耳」は”Buddhalike ears”(ブッダみたいな耳)という造語に 【アメリカ】 『Moonlight Shadow』 『ムーンライト・シャドウ』 よしもとばなな 「神様のバカヤロウ」 ⇒ 「The gods are assholes!」※複数形 村上春樹と並び、世界で人気のよしもとばなな。『ムーンライト・シャドウ』は、『キッチン』に収録されている短編だ。宗教観の違いが翻訳には如術にでる。この訳では「神様」が”The gods”と複数形なのに注目。もし”The god”と単数形にすると、キリスト教のような一神教の国では唯一絶対の神を表し、シャレにならない内容になってしまうとか 【中国】 『愛的流放地』 『愛の流刑地』 渡辺淳一 菊治はひとつ間をおき、また思い出したように手を伸ばし、ようやく目的の場所に到達する。 秘めやかで、柔らかい叢である 「叢」 ⇒ 「中国訳:芳草地」  ”芳草地”(牧草地という意味)という漢字だけ見てしまうと、爽やかというか、乾いていそうというか、エロい感じはしないのだが、それも当然。叢(くさむら)同様、”芳草地”(牧草地という意味)にもいやらしい意味はない。が、前後の文脈の中で、読み手にもやもやとあらぬものを妄想させる言葉になっているとか。さすが、「抒情の巨匠」と呼ばれる渡辺センセイなのである 【アメリカ】 『ALL SHE WAS WORTH』 『火車』 宮部みゆき リビングの隣の六畳間に、明るい窓のほうへ向けて、小さな仏壇が据えてある。 「仏壇」 ⇒ 「英訳:the alcove(床の間)」 欧米には存在しないのだから、丁寧に説明するか、別のモノに置き換えるしかない。そこで「床の間」にあたる語で翻訳。実はこのくだり、仏壇の遺影を見るというのを表現している部分なので、(He kept her memorial photograph in the alcove off to the one side of living room)、本棚やソファがおかれ、棚を作って、家族写真を飾ったりするスペースを指す”alcove”という語が使われている 【アメリカ】 『HARDBOILED WONDERLAND AND THE END OF The WORLD』 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』 村上春樹 まるでビニール・ラップに包まれて冷蔵庫に放り込まれ、そのままドアを閉められてしまった魚のような冷ややかな無力感が私を襲った。 「魚」 ⇒ 「英訳:a leftover(=残り物)」 『IQ84』の英語版の出版が2011年と発表され、世界中のファンをやきもきさせている村上春樹。4作目の長編小説『世界の終わり~』にある、冷ややかな無力感を表す「魚」が「残り物」と訳された理由は、アメリカ人と日本人の食生活の違いにあるらしい。日本ほど魚を食べる習慣がないアメリカでは、冷蔵庫の中で放置された魚はなじみが浅い 日本文学は世界でどんなタイトルに? Naomi(アメリカ)――痴人の愛(谷崎潤一郎) Der Ringfinger(ドイツ)――薬指の標本(小川洋子) Kamikaze Girls(アメリカ)――下妻物語(嶽本 野ばら)        脳髄地獄(中国)――ドグラマグラ(夢野久作) ― 日本の名作[海外珍訳・誤訳]コレクション【4】 ―
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