更新日:2021年09月10日 11:33
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恐るべき「人喰いクマ」の衝撃。最凶の7大獣害事件を振り返る

人間を捕食するために徘徊する

 今年はクマの出没件数が過去最多を記録したという。石川県のショッピングセンターにクマが14時間も立てこもった事件や、北海道羅臼町で犬を専門に襲う「犬食い熊」が飼い犬5頭を喰い殺した事件など、ショッキングなニュースが起きたことは報道などでご存じの方も多いだろう。死亡事故も起きており、10月11日には新潟県関川村で73歳の女性が、秋田県藤里町では10月16日に83歳の女性が、それぞれに襲われて亡くなっている。NHKによれば、今年4月以降でツキノワグマに襲われ怪我をした人は、全国で123人に上るという。  クマの出没が多い理由は、エサとなる木の実の不作が第一に挙げられるが、その他にも、里山の廃屋に住み着く熊が増えたことで「人慣れ」したクマが現れ始めたことや、’18年が豊作だったためにクマの繁殖行動が盛んで、今年3歳になって親離れした若熊が、好奇心にかられて人里に下りてくることなどが考えられるという。
三毛別事件

苫前町郷土資料館では三毛別事件の詳細な展示を見学できる。事件現場にも開拓小屋が復元されている

 いずれにしても犠牲者が2名に止まっていることは僥倖と言うべきだろう。なぜなら、かつて開拓時代の北海道では、人間を捕食するために徘徊する、恐るべき「人喰いクマ」が数多く存在していたのである。さらに言えば過去50年間においてすら、凶悪な人喰いクマによる食害事件は断続的に発生しているのだ。以下、それらの中から最も凄惨を極めた「人喰いクマ事件」のいくつかを取り上げてみよう。

恐るべき「人喰いクマ」の実例

 いわゆる「人喰いクマ事件」は、長らく「5大事件」と言われてきた。もっとも有名なのが大正4年12月に起きた「苫前三毛別事件」である。  吉村昭の小説『羆嵐』で知られるこの事件では、留守居をしていた男児と女房がヒグマに襲われて死亡し、その通夜の現場に再び姿を現した後、さらに付近住民が避難する隣家に乱入して、女子供4人を喰い殺すという「世界最悪」とも言われる獣害事件に発展した。犠牲者数は、事件後2,3年を経て死亡した1人と、胎児を含めた8人だったというのが定説となっている。
沼田幌新事件

沼田事件の加害グマの毛皮は、現在も沼田町ふるさと資料館分館で見ることができる。説明には「大正12年8月21日沼田町字幌新で4人を喰い殺し3人に重傷を負わせた体重340キログラムもあった人喰いクマ」とある

 次に犠牲者を出したのが、大正12年8月に発生した「沼田幌新事件」である。この事件は夏祭の帰り道、そぞろ歩いている群集にヒグマが襲いかかるという、極めて珍しい事例である。その場で男子1人が殺された後、付近の開拓小屋に逃げ込んだ村人等を追ってヒグマも侵入し、屋内を暴れ回った。  ここで男子の母親がつかまり藪の中に引きずり込まれたが、念仏を唱える彼女の声が、長く細々と漏れ聞こえたと伝えられている。数日後に熊狩りが行われ、その過程で2人の猟師が襲われ死亡した。犠牲者は4人である。  さらに古い記録では明治11年1月の「札幌丘珠事件」が知られている。この事件は、冬籠もりしていた穴から追い出されたヒグマが空腹をかかえて吹雪の中を徘徊し、民家に押し入って、父子を喰い殺したという恐るべき事件である。銃殺されたヒグマは札幌農学校で解剖され、胃袋から取り出された被害者の遺体の一部がアルコール漬けされて長らく北大付属植物園に展示されていたことなどから、北海道ではよく知られた事件である。  このとき解剖に立ち会った学生が熊肉の一部を切り取って焼いて喰ったが、その後胃袋から犠牲者の手足が転がり出たのを見て、実験室を飛び出して嘔吐したという笑えないエピソードもある。加害熊を穴から追い出した猟師も含めて3人が犠牲となった。

登山中の学生が喰い殺される

福岡事件

福岡事件の事件現場となったカムイエクウチカウシ山、八の沢カールには、犠牲となった学生3名の慰霊碑がある。撮影=岩村和彦

 大きく時代が移り、昭和45年7月に発生した「福岡大学遭難事件」も、悲惨な獣害事件として長く語り継がれている。同大ワンダーフォーゲル部員5人が日高山脈縦走中に、食料の入ったザックをヒグマに漁られ、これを奪い返したことから執拗につけ狙われて、結果的に3人が犠牲となった。学生の1人が事件の経過を克明に記録したメモが発見され、遭難中の生々しい様子が公開されたことで、世間に衝撃を与えた事件である。  最後に昭和51年の「風不死岳事件」も有名な事件として知られている。この事件では、山菜採りに山に入ったグループがヒグマに襲われ2人が喰われた。実はそれ以前に、事件現場から4キロ離れた地点で笹藪の伐採をしていた作業員が襲われるなどの事件が起きており、入山禁止が呼びかけられていたにもかかわらず、山菜採りに入ってしまったために起こった悲劇であった。  そして「第六の事件」ともいうべき事件が、平成28年5~6月に発生した「秋田十和利山事件」である。
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凶悪化していく熊の実態
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(なかやま・しげお)ノンフィクションライター。北海道出身。上智大学文学部卒。主な著書「ハビビな人々」(文藝春秋)、「笑って! 古民家再生」(山と渓谷社)、「田舎暮らし始めました」(LINE文庫)など。「渓流」(つり人社)にて砂金掘りの記事を、「ノースアングラーズ」(つり人社)にて「ヒグマ110番」を連載中

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