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恐るべき「人喰いクマ」の衝撃。最凶の7大獣害事件を振り返る

凶悪化するクマ

 ツキノワグマが人間を襲うことは滅多にないと言われる。排除行動として人間を傷つけ、結果的に死に至らしめた事例は数多いが、「人間を喰った」という記録はまったくなく、唯一以下の事例のみが報告されているだけであるとされてきた。 「それはよほど前のことだそうであるが、福井県下で、あるおばあさんが山菜とりに山に入ってクマにやられて死んだ事件があった。そこでその犯行の主とおぼしいクマを射殺して解剖したところ、被害者の片足が、胃の中から出たそうで、これが現在知られる限りの、わが国でツキノワグマが人を食った、唯一つの珍らしい事例だということである」(『くま』斉藤基夫 農林出版 昭和38年)  このようにツキノワグマが人間を喰うために襲うことはあり得ない……と、長らく信じられてきた。しかしこれを覆す事件が、平成28年5月に起きた。秋田県鹿角市山中で起こった、戦後最悪の獣害事件「十和利山人喰い熊事件」である。  この事件では4人が喰い殺されたが、死体の損壊には5頭のツキノワグマが関与していたとされる。このうち「スーパーK」と名付けられた若いオスの熊(体重80kg、推定4歳)が3人を喰い殺し、残り1人は「スーパーK」の母熊と推定される「赤毛」のメスの熊が関わったという。つまり人間をエサと見なして襲いかかったのは母子のツキノワグマであり、他の3頭は食害に加わっただけと見られる。近年稀に見る凶悪事件だったので、覚えておられる読者も多いだろう。

クマの胃から体の一部が…

 しかし実は、この事件の30年前にも、恐るべき人喰いグマが存在していた。ほとんど知られていないが、昭和63年に起きた「戸沢村人喰い熊事件」がそれである。以下は「日本クマネットワーク」がまとめた『人身事故情報のとりまとめに関する報告書』からの摘記である。  昭和63年5月、山形県戸沢村の神田集落でタケノコ採りに出かけた61歳の男性が熊に襲われ死亡した。加害グマは逃亡し、駆除されなかった。その年の10月、同じ集落で59歳の女性がクルミ採りに出かけ、熊に襲われ死亡した。同月、山ひとつ隔てた古口集落で、59歳の男性が栗拾いに出かけ、やはりクマに襲われ死亡した。この2人の被害者には食害の跡が認められた。  3件の死亡事故を受けて地元ハンターが駆除に努め、ついに加害グマを射殺した。当該クマの胃からは人間の筋肉や皮膚の一部が取り出され、三人目の犠牲者の体の一部であることが確認された。この凶悪グマの頭骨には明かな損傷があったことから、次のような事実が明らかになった。 「事件発生以前に、戸沢村内で子グマが飼われており、その子グマは飼い主に大変なついていたが、成長して飼育できなくなったため山に放すことにした。クマを山に連れ出し、放獣しようと試みたが、なついたクマは飼い主から離れようとしなかった。そこで、その飼い主は持っていた棒で、熊の頭を激しくたたくと、熊は鳴きながら逃げていった」(前掲報告書)  このことから人に対して怨みを抱くようになり、事件に至ったと推定された。これら2つの事件を加えるなら、日本史上の「人喰い熊事件」は「7大事件」と言えるかもしれない。

歴史に埋もれた「人喰いクマ事件」

 実は、こうした事件以外にも、複数の人間が喰い殺された「人喰いクマ事件」は、いくつも記録されている。  例えば大正元年に4人が喰い殺された「朝日村登和理事件」では、狩猟に山に入った村人1人がヒグマに襲われ、逃げ帰った者が危急を知らせたので、4人が救出に向かったところ、ヒグマに逆襲されて3人が噛み殺されてしまった。  また大正2年に親子3人が喰い殺された「愛別町事件」では、夜間帰宅途中の父子がヒグマに襲われ、悲鳴を聞きつけた女房も襲われ死亡した。翌朝、喰い散らかされた被害者等の人肉が散乱する現場を多くの村人が目撃したことで、地元では長く語り継がれた。大正14年に美瑛町で起きた人喰い熊事件では、釣りに出かけた2人の村人がヒグマに襲われ死亡した。当時の新聞は凄惨な現場を次のように報じている。 「胴体から上はなく、内臓はことごとく喰われ、また手足もむしり取られ、頭は崖の上に発見された、なお浜岸の死体は両足はなく、顔面は傷だらけで、内臓を喰らって土の中に埋めてあったが、実に目もあてられぬ惨状であった」(『小樽新聞』大正14年6月22日)  この事件の3か月後に再び釣り人が喰い殺される事件が発生し、加害グマは射殺されたが、市街地へ運搬途中にヒグマの口中から前日飽食した人肉が多量に吐き出され、周囲の人々は「もらいゲロ」しそうになったという。  さらに昭和10年、高山植物の採集のために山に入った男性3人が喰い殺された「樺太伊皿山事件」では、山中で血の海となった笹藪に被害者等の頭蓋骨が転がっているのが発見され、樺太全島に衝撃が走った。この事件は管轄が「樺太庁」だったためか、専門家の間ですらまったく知られていない。  このように、歴史に埋もれた「人喰いグマ事件」は数多く存在するのである。ただし、ここに挙げた「人喰いグマ」は極めて稀なケースであり、山に入る時はクマ鈴やラジオを点けるなどして人間の存在を知らせることが大切であることに変わりはない。紅葉シーズンにGOTOで山にいく方も多いだろうが、クマ対策をせずに山中深く足を踏み入れるのは非常に危険であることを念頭に置いていただきたい。
(なかやま・しげお)ノンフィクションライター。北海道出身。上智大学文学部卒。主な著書「ハビビな人々」(文藝春秋)、「笑って! 古民家再生」(山と渓谷社)、「田舎暮らし始めました」(LINE文庫)など。「渓流」(つり人社)にて砂金掘りの記事を、「ノースアングラーズ」(つり人社)にて「ヒグマ110番」を連載中
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