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作家・爪切男「正解の見つからない人生において、風俗は救いのようなもの」

 2018年にデビュー作『死にたい夜にかぎって』がヒットし、現在も活躍を続ける作家・爪切男。風俗に足繁く通い、その経験を綴ったエッセイ『きょうも延長ナリ』を上梓した。「風俗にも救いがある」という作者の思いや現代の窮屈さを氏独自の視点で語ってもらった。

ヤベー奴を野に放つのが密かな楽しみ

爪切男

爪切男(つめ・きりお) 1979年、香川県生まれ。2018年、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)でデビュー。2021年、『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)と3か月連続刊行が話題に

――爪さんがデビュー作を発表した頃、私と同じ会社で働いていましたね。デビュー後、爪さんが会社をやめる時「まだまだ不安定なんですが」と言っていましたが、あれは謙遜でしたか? 爪切男(以下、爪):退路を断とうと思っていました。あの業種って、作家業と会社勤めの両立がしやすい職場だったので、それに甘えないように。 ――会社を辞めれば自由にはなりますが、前例やルールなしで、「型」を一人で作り上げていかなくてはいけません。難しさと楽しさを教えてください。 爪:自由が有り余っていると、意外にも窮屈さがありますよね。何でもできるって何をしたらいいのかわからないのと表裏一体なので。 格闘技なんかがそうですが、リングとルールがあるから安心して戦えるんですよ。それがない殴り合いは、怖いし見てられないですよね。 楽しさは、みんなが働いている平日の昼の時間帯に寝ていられるくらいですね(笑)。あと、精神的に辛い時でも、虚勢を張って生きることは楽しいです。なんか作家っぽくて(笑)。ずっとプロレスが好きで、見ている人に夢を与えるプロレスラーの姿に憧れてきましたから。 ――爪さんは会社にいる時も、明らかに不満があったり反抗心を持っているのに、なぜかいつもニコニコしていて大衆とも程よい距離感をもってうまくやっていたことを覚えています。 爪:あれは、私の性格の悪さなんですよ。新人さんの教育係をやらせてもらうこともありましたが、どんなにヤベー奴でも辞めさせないように必死でフォローしていました。ヤベー奴を野に放つのが密かな楽しみだったんです(笑)。

「救い」ではなく、救いのようなもの

――風俗エッセイを書くほど風俗に通っていた爪さんですが「お金を払っているから相手をしてくれて、時間が来ればおしまい」という風俗。虚しくはないですか? 爪:確かに虚しいです。でも私は、風俗に救われていたんですよ。 人生でつらいとき、大好きなプロレス、美味いメシ、キレイな景色、友人とのバカ騒ぎ、色んなものに救われてきました。その中の一つが風俗だったんです。確実に救われたのかといったらそうではなくて、現状は何も変わってない。でもなんとかやっていけるような気にさせてくれる。風俗とは「救いのようなもの」だったんです。ステキな時間の無駄遣いというか。 ――多くの人は「救いのようなもの」ではなく、「本域の救い」を求めてますよね。言い換えると「確かに救われるもの」となりますでしょうか。 爪:そうなんです。今ってネットでもすぐ「正解」が見つかる時代ですよね。私たちの世代(爪切男1979年生まれ)って、自分で得られる情報が圧倒的に少なかった分、答えがすぐに見つからない時間が長かったですよね。 ――あの頃は、旅行先で写真を撮っても実際に見られるのは、旅行から帰って写真店で現像した後ですからね。正解を保留されて過ごす時間が長かったです。 爪:一方で今の若い人たちは、答えがすぐ見つかる環境で育ったので、「今の辛い状況がバチっと救われるやつを今すぐください!」って、なるんでしょうね。それで、そんな救いなどないことを知って絶望する。これから先の人生って、どうにもならないことの方が多いと思うので、救いのようなもの、ひとときの現実逃避をする方法をたくさん知っておいた方がタフに生きられる気がしますね。
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空白や欠損が許されない時代
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Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

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きょうも延長ナリ

風俗も人生も、楽しみ方はひとつじゃない

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