「自分だけの孤独を大切にしてください」――不器用でも前に進む大切さに気づかされる少女小説/こざわたまこ・著『教室のゴルディロックスゾーン』書評
―[書店員の書評]―
世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。日刊SPA!で書店員による書評コーナーがスタート。ここが人と本との出会いの場になりますように。
今回紹介するこざわたまこ著『教室のゴルディロックスゾーン』を読み終えた直後、本を閉じるのをどうしてもためらわれた。これから何回、何十回と読んだとき、いちばん初めに得られた瑞々しい感動に再び自分が応えられるかどうか不安に感じたからだ。
本書は学校を舞台に中学生の女子生徒たちの悩みや友情を瑞々しいタッチで表現した連作短編集。題名の「ゴルディロックスゾーン」とは、「宇宙において生命の誕生と生存の維持に適した領域」という意味だ。著者は雑誌での連載を終えたあと、単行本になるまで3年をかけて推敲を重ねたという。どうやって作品と人間に寄り添うのか。学校に居場所がない、家庭にもいろいろな事情がある少女たちが、それぞれのゴルディロックスゾーンを探し求める様子を、最後の一文まで丹念に描く。でもそれらは一方的に押しつけられるのではなく、物語の流れに沿うように自然と読者の心のなかへ染みわたっていく。
主人公の依子は中学生になり、唯一心許せる友人に避けられ、また小さい頃から一緒にいた飼犬も亡くなり、妄想の世界にたびたび入り込む。教室でも浮いてしまう彼女だが、悪意をぶつけられても避けるだけではなく、なぜそうなるのだろう?という問いと向き合っていく。そこからいろいろな想いや疑問が言葉として現れる。たとえば依子は教室について「あんなにいっぱい出口があるのに、どこにもいけないような気持ちになる」とつぶやく。彼女たちのいる環境を知らない他人が、外の世界にはいくらでも素晴らしい世界が広がっているとささやいても、すぐには救いにはならないだろう。それでもその言葉に応えるように、著者はそこかしこに出口をひっそりと開けていく。すぐに変われなくても大丈夫だよ、と言うように。
中学生が主人公の小説だが、あえて大人たちにも読んでほしい作品である。とくに第3章「わりきれない私達」は年齢問わず身に迫ってくる内容だ。依子がいる教室に教育実習生の宇手が現れる。繊細な大学生だけど子供と大人の中間にいる彼の登場によって、教室の人間関係がさらにクリアになる。クラスのボス的存在の生徒、彼女を疎ましく感じて距離をおく生徒、彼女の感性を好ましく思って接する生徒。静かに渦巻く感情のなかに宇手も投げ込まれる。依子とのちょっとしたやりとりを経て、教育実習最後の授業で彼はこう締める。「自分だけの孤独を大切にしてください」。
この言葉が羅針盤となり、それからの彼女たちの行動を明るく照らす。ここにいるみんなは同じ感情を持つ人間であり、きらめく友情という絆が鎖になることも、友達ヘの怒りをあえて解かない理由を、彼女たちを通して知ることができる。またそういう状況が起こるのは教室だけではない。たとえば職場や家庭、あらゆる人間関係において、誰にでも思い当たるふしはあるのではないか。そう考えるとこの物語が大人にとってもぐっと近くなる。
誰にも理解されない悩みに苛まれても、残酷な日常が永遠に続くように見えても、孤独だからこそ出会えた幸福がこの本には確かに存在する。世界に人と人が永遠に結ばれる絆はないのかもしれない。でもときどき、掛け替えのない体験と思い出に勇気づけられて、不器用でも前に進んでいく大切さに気づかされる。改めて『教室のゴルディロックスゾーン』は最高の少女小説であり、同時に私たちの物語でもある。今あなたのそばに置いてほしい本が誕生した。
評者/山本 亮
1977年、埼玉県生まれ。渋谷スクランブル交差点入口にある大盛堂書店に勤務する書店員。2F売場担当。好きな本のジャンルは小説やノンフィクションなど。好きな言葉は「起きて半畳、寝て一畳」
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