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いまこそ議員定数を増やすべきだ<著述家・菅野完>

―[月刊日本]―

今国会で進む選挙制度見直しの議論

日本の国会議事堂 聞き及ぶところによると、筆者による前回配信記事の内容は、届くべきところに届いたそうだ。「天聴に達せられあり」とのことで、誠に重畳である。  前回配信記事が指摘したのは、衆院選比例近畿ブロックの「歪さ」であった。関東地方の衆院比例ブロックが、北関東、南関東、そして最大の人口集積地である東京の三つに分かれているのに対し、近畿地方の衆院比例ブロックは、人口集積地の大阪を含め、近畿地方全体を一つとしている。そのためブロック全体に占める大阪府内の有権者の選考が近畿地方全体の議席を大きく左右してしまう。関東地方でいえば、東京都の有権者の選考が、茨城県や山梨県の議席に影響するようなもので、歪だ。そしてこの歪さが、不自然な形での「維新の躍進」を産んでいる一つの原因であるというのが筆者の指摘であった。  筆者の指摘を待つまでもなく、今国会では、現行の選挙制度に対する見直しの議論が進められている。今年2月には与野党各党の実務者による選挙制度協議会が設置され、先の通常国会の期間中、活発な議論が展開された。なかでも注目すべきは、選挙制度協議会が6月末に相次いで実施した関係者・有識者ヒアリングだろう。  このヒアリングには、30年前に衆院への小選挙区比例代表並立制の導入を決断した当時の与野党トップであった、細川護煕氏と河野洋平氏の双方が呼ばれ意見を聴かれている。興味深いことに、両者の意見は全く正反対のものとなった。河野洋平氏は「小選挙区制は、有権者が政策本位で政党中心に投票することを想定していたが、現在そうなっているかギャップを感じる」と選挙制度全体の懸念点を表明したうえで、比例代表並立制の重複立候補について「国民に支持されているのか、世論とよく向き合う必要がある」と懸念を表明したという。一方の細川護煕氏は、「当時の中選挙区制度と比べ、政治とカネの問題で状況が大きく改善されたことは確かだ」と小選挙区比例代表並立制の導入を最大限に称揚し、「実際に政権交代が起こるなど、民意に沿った穏健な多党制の政治となっており、おおむね想定どおりの状況にある」と30年前の自分の決断の正しさを誇ってみせたという。

骨太だった東京大学元学長の佐々木毅氏の意見

 河野・細川両氏の証言は貴重ではあろう。しかし、とりわけ細川氏の証言に自己の功績を誇らんとする意図が透けて見えることからもわかるように、当事者証言であればこその限界もある。  その点で、選挙制度協議会が、当事者ではなく学識経験者として、東京大学元学長の佐々木毅氏から意見聴取したことは慧眼だ。  佐々木氏の意見はかなり骨太であった。佐々木氏は人口減少を前提にすれば、いまの議員定数削減一辺倒の調整方法にはいずれ限界がくると指摘する。具体的には地方の国会議員数がさらに減少する危険性があるというのだ。そして大胆にも「一つのやり方としては定数増も考えていいのではないか」と、選挙制度協議会に提言した。  佐々木氏のこの提言を「大胆」と表現するのには理由がある。なんとならば、佐々木氏こそが、小選挙区の「1票の格差」是正に向け、人口比を反映しやすい「アダムズ方式」の導入を2016年に答申した衆院議長の諮問機関「衆院選挙制度に関する調査会」の座長だったからだ。「10増10減」はこの答申に沿うために出された解決策だった。その佐々木氏が「一票の格差」を是正し地方の声を国会に反映させつづけるために、議員定数の増加も検討するべきだと提言した事実は極めて重い。「アダムズ方式」の導入を提言した人物が、その運用実態である「10増10減」を見て、「なぜそう調整したのだ? 議員定数を増やせばそのような調整をする必要はなかったではないか」と言っているのと実質的に同じなのだから。  そして佐々木氏の提言は正論でもある。  議員定数削減一辺倒で縮小均衡をはかろうとすればするほど「一票の格差」の是正は難しくなる。また、際限なく議員定数を削減し続けることは、本質的に民主主義の根幹を揺るがしかねない。だが、冷静に考えれば「一票の格差」を是正しなければならない理由は、「公正性の担保」にこそあるわけだから、なにも議員定数の削減にだけこだわり続ける必要性はない。むしろ佐々木氏の提言のように、議員定数を増やす方が、民意の反映のしやすさや調整の容易さなどの観点から考えて、「公正性の担保」が図りやすいはずではないか。  こうした骨太かつ論理的な提言は、斯界の泰斗・佐々木氏であればこそできる芸当だ。当事者たる政治家たちにはなかなか成し得ない。世論を意識すれば政治家当人が「議員定数の増加」を口にするのはほぼ不可能といっていいだろう。そんなことをすれば有権者から「甘えている」だの「保身だ」だのとの評価を受けてしまい、退場を宣告されてしまう。
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日本の国会議員の数は、「少なすぎる」
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