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BL作家だからこそ描けた躍動感に溢れたバディもの/和泉桂・著『奈良監獄から脱獄せよ』書評

 世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。日刊SPA!で書店員による書評コーナーがスタート。ここが人と本との出会いの場になりますように。
奈良監獄を脱獄せよ

和泉桂・著『奈良監獄から脱獄せよ』(幻冬舎)

大正時代の旧奈良監獄が舞台

 ここ数年、BL(ボーイズラブ)の小説やコミックが注目されている。以前から恋愛や性愛など、さまざまな人間模様に惹かれるファンも多いジャンルとして知られている。さらに最近では映像化や、小説家でいえば凪良ゆう、一穂ミチ作品の本屋大賞受賞や直木賞候補などがきっかけになり、新たな読者層を広げている。今回紹介する和泉桂も以前からBLで活躍している作家だが、最新刊『奈良監獄から脱獄せよ』は一般文芸として発表された作品だ。  現在でもレンガ造りの建物が遺っている大正時代の旧奈良監獄を舞台に繰り広げられるバディものの本書。魅力的な登場人物や緻密な仕掛けに冒頭から引き込まれる。  女学校の数学教師であった弓削。印刷工として働いていた羽嶋。20代の主人公2人に共通するのは冤罪で収監されてしまったということ。弓削は教え子を殺害、羽嶋は雇い主を殺害したという罪を被せられ服役する。  受刑者として自分の名前を消され「◯◯◯号」と番号で呼ばれる世界。長期刑による諦めや看守や他の受刑者からの嫌がらせに悩む弓削の繊細さに胸が詰まる。それでも心から信頼する数字という絶対の論理に日々励まされ、何度もくじけながら人として生きる意味を必死に求める弓削。しかし何度も監獄や外界から犯罪者として足をすくわれる展開に、もし自分だったらどうしたらいいのだろうと感情移入してしまう。  そして天真爛漫に弓削を慕い、いつでも希望を失わない羽嶋の存在が、文字通り彼の救いとなる。最初は言動を弓削にいぶかしげに思われた羽嶋だったが、丁寧に時には諭すように話すうちに、だんだんと弓削が心を許していく過程がなんとも心地よい。同性だからもちろんわかり合えるだろうという、有無を言わせないホモソーシャルな同調圧力を使わず、人間が純粋に繫がることができる大切さ、大事な相手がそばにいてくれる掛け替えのなさを、著者の目線から無理なく感じられる。やがて辿り着いた弓削の次の想いも印象深い。 「僕は羽嶋が自由になるところを、見たい。そのときは、自分こそがそばにいたかった」  籠に閉じ込められていた鳥が解き放たれるように、弓削の誠実さと羽嶋の純真さが混じり合う様子に、友情ってやはり良いものだなあ、と思わず呟いてしまう人も多いはずだ。

数学をかけ合わせたミステリー要素

 そんな彼らが頭をひねり手をたずさえて脱獄をどう計画していくのか。バディものとしての魅力もあるし、弓削が得意の数学をかけ合わせたミステリー要素もふんだんに盛り込まれて、次から次へとめくるめく内容に夢中になってしまう。さらにそれぞれのバランスの見事さ。著者の小説家としての力量を感じ取るのにもってこいの作品でもあるのだ。  冒頭でも触れた一穂ミチや凪良ゆうも、BLという魅力的なジャンルを通じ、世のなかの固定観念やしがらみを超えて、小説の面白さ、素晴らしさを世に問いかけ続ける作家でもある。和泉桂もBL作家だからこそ描けたバディものという躍動感に溢れた本書がきっかけとなり、これから一穂や凪良といった作者たちの系譜に連なるはず。ぜひ注目してほしい。 評者/山本 亮 1977年、埼玉県生まれ。渋谷スクランブル交差点入口にある大盛堂書店に勤務する書店員。2F売場担当。好きな本のジャンルは小説やノンフィクションなど。好きな言葉は「起きて半畳、寝て一畳」
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