自分の性器を梅毒研究の実験台に…究極の「人柱伝説」
世にも奇妙な人体実験の歴史』(トレヴァー・ノートン・著、赤根洋子・訳、文藝春秋)は、そんな己の命を賭けた科学者たちの特攻野郎列伝である。 まずは、目次の一部をご覧いただきたい。 ●「実験だけのつもりが中毒者に ― 麻酔」 ●「メインディッシュは野獣の死骸 ― 食物」 ●「伝染病患者の黒ゲロを飲んでみたら ― 病原菌」 ●「自分の心臓にカテーテルを通した医師 ― 心臓」 ●「爆発に身をさらし続けた博士 ― 爆弾と疥癬」 表紙、そして目次を見ただけで、1年に1回あるかないかの大当たりであるということがわかる。 まず最初に紹介したいのは、外科を商売から科学へと変えたとも称されるジョン・ハンター。彼が存在していた18世紀末、主な性病には淋病と 梅毒の2種類があったが、ハンターは「この二つは同一の病気」という仮説を立てる。淋病は局部に限定された病気であり、それがのちに全身に広がって梅毒になるのだ、と考えたのである。この自説を検証するためには、性器を気軽に毎日診察できる実験台が必要となる。そこでハンターは、驚くべきことに自身の局部に患者の膿を塗りつけたのである。その後、彼を待ち受けていたのは想定外の悲劇であったのだ……。 科学版・巨人の星とでも言うような親子も存在する。特殊環境が人体に与える影響の研究を行った、ジャック・ホールデンとその父親ジョン・スコット・ホールデンだ。ジャックは幼いころから父親に坑道へ連れて行かれ、到死性のガスの付近で決死の特訓を受けたのである。大きくなったジャックが挑戦したのは、急激な加圧・減圧の実験であった。ある日、急激な減圧中に、ジャックの詰め物をした歯の一本は甲高い悲鳴を上げ、ついに爆発してしまう。歯の空洞の中に入っていた空気が減圧によって膨張し、行き場を失ったために歯が割れたのである。また耳の鼓膜は破れ、両耳からは煙草の煙の輪を吐き出せるようになったほどであったという……。 各々が独立したストーリーによって構成された各章は、それぞれが映画のクライマックスのようなシーンの連続である。そして、そんな人生のクライマックスがバトンリレーのように受け継がれ、少しづつ科学は進化してきた。 麻酔の研究など、その典型であるだろう。麻酔分野の先駆者である4人の科学者は、いずれも麻酔剤を自分でテストするうちに中毒者となったそうだ。その多くは、世に認められないことに憤懣を抱き、失意のうちに早世していったのである。しかし、それらの成果は後にフレデリック・プレスコットという科学者のもとで結実することとなる。 壮絶、逸脱、狂気、マッド、どんな言葉を当てはめても、彼らの行為の前には陳腐に思えてしまう。個の存在が軽かった時代と言ってしまえば、 それまでかもしれない。しかし、彼らには未来への大きな希望があったのだろう。狂気をもって正気を教えてくれる。本書は、そんな得難い一冊だと思う。 <レビュー/内藤 順(HONZ)> ★このレビューの全文はこちら⇒http://honz.jp/12659 【HONZ】 厳選された読み手が、何冊もの本を読み、そのなかから1冊を選び出して紹介するサイト。小説を除くサイエンス、歴史、社会、経済、医学、教育、美術などあらゆる分野の著作を対象としている(http://honz.jp/)科学の進歩には「人体実験」がつきもの。とはいえ、人体実験には常に道徳的な問題がつきまとう。そこで編み出された奥義が「自分の体を使った人体実験」。今回紹介する『
『世にも奇妙な人体実験の歴史』 実録マッドサイエンティスト |
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