第5章:竜太、ふたたび(21)

 さすがに初手は、300ドルのミニマム・ベット(その卓で許された最小の賭金)。

 カードは竜太が絞り、これがナチュラル8でプレイヤー側の楽勝だった。

 次の手も、またその次の手も、またまたその次の手も、3枚引きとはならず、プレイヤー側の簡単な勝利。

 ミニマム・ベットでの4連勝である。

「このハウス、よくツラ(=一方のサイドの連勝)が出るね」

 見 (けん)を決め込んでいたみゆきが言った。

 そういえば、さっきまで二人が坐っていた一般フロアのバカラ卓でも、初手からのPヅラ(=プレイヤー側の連勝)だった。

 初手から4連勝したのにもかかわらず、しかし竜太の心は暗い。

 なぜ、攻められなかったのか?

「置きっぱー(=「置きっぱなし」の意味。勝ち分をオリジナル・ベットに載せていく「ダブル・アップ」の戦法。いわゆる「置き張り」とは本来意味が異なるのだが、現在では混同して使用される場合が多い)」で行っていれば、300ドルが4500ドルになっていた。4連勝してたった1200ドルの収入とは大違いである。

 く、く、くやし~いっ。

 酔っているからイモ引かない、と言った舌の根も乾かぬうちに、この失態だった。

 勝利して反省しているようじゃ、まず駄目か。

 アルコールで麻痺した頭にも、勝手に悪い妄想が広がっていく。

「じゃ、わたしも」

 それまで見を決め込んでいたみゆきが、モンキー(=500ドル・チップのこと)で乗ってきた。ついさっきの階下の一般フロアでの出来事と、まるで反対だった。

 あのときの竜太は、画に描いたような「飛び込み自殺」。

 同じようになってしまうのか?

 でもそのとき、「仲間打ち」の心得をエラソーに垂れたのは、竜太だった。

 ここでベットを引くわけにはいかない。

 もちろんベット額を上げられもせず、300ドルのベットのままとする。

「ノー・モア・ベッツ」

 の声が入り、ディーラーがプレイヤー側2枚のカードを、みゆきの席前に流した。

「わたしが絞るの?」

「賭金頭(タマガシラ)がドライヴァーを務める。まあ、代わってやってもいいけど」

 ほんとうは竜太が絞りたかったのだが、自分でやるとは、4連敗後に主張しづらかった。

「やり方がわからないけれど、やってみるね」

 みゆきの人生バカラ初絞りは、エースに絵札がひっついた。

「テーブルが違う」

 と竜太。

「なに、それ?」

「BJ(ビージェー=ブラックジャックのこと)卓なら最高の組み合わせだが、バカラでは1点にしかならなくて、ほぼ最弱」

「へ~え」

 みゆきが戻したプレイヤー側のカード2枚を指定の場所に置くと、ディーラーがバンカー側のカードを起こした。

 これが2と6の組み合わせ。

「バンカー・ウインズ、ナチュラル・エイト・オーヴァー・ワン」

 とディーラーが読み上げ、竜太とみゆきのベットは、フロート(=ディーラーの前に位置する区切りの柵つきの長方形の箱)に納められた。

 またまた画に描いたような「飛び込み自殺」である。

「こ、こ、このやろ」

 竜太の頭に血が昇っていく。

⇒続きはこちら 第5章:竜太、ふたたび(22)

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。