ばくち打ち
第5章:竜太、ふたたび(24)
ほとんどの打ち手は、この「ゲーム賭博の基本原則」が守れない。
勝っているときには手が縮こまり、一方負けているときには、取り戻そうとして、ベット額を上げていく。
そうやって、傷口を広げる。
回復が望めない状態にまで、陥ってしまう。
そうであるならもう諦めて、いくらでもいいから残ったゼニを持ち帰ればいいようなものだが、それでも打ち手たちは席を立てない。
向かっていく。
挙句の果てに、
――早くラクになりたい。
最後は無謀な「オール・イン」のやけくそベット。
なぜだかは知らないけれど、やけくそベットはまず外れるものなのである。
――トビの高張り、裏を張れ。
竜太も知っているカジノ金言だった。
この「トビ」には、「飛び」という漢字を当てるらしい。
いや、一回目か二回目の「オール・イン」は取れたとしても、いつか必ず絶対に外す。
そうやって、打ち手たちは「大数の法則」が示す期待値以上に負けるのだった。
そうやって、打ち手たちはいつもいつもケツの毛羽まで毟られる。
「いまの竜太さんが、まるで『プロスペクト理論』の示す状態そのものでしょ? 負け込んでいるから、ベット額を上げている」
とみゆき。
竜太に返す言葉はない。
もう完全に、教える者と教えられる者の位置が逆転してしまったようだ。
だからといって、竜太にとっては、一度ベットしたものをボックスから引き揚げられるものでもなかった。
「じゃかあしい。理論なんかじゃねーんだよ。博奕 (ばくち)は気合いだ」
竜太は叫ぶと、ゲームを進行させるよう、ディーラーに掌を振って合図した。
シュー・ボックスからカードが抜かれる。
もう遅い。引き返すことはできなかった。
ディーラーが、プレイヤー側2枚、バンカー側2枚のカードを、いったん所定の位置に定めてから、バンカー側2枚のカードを竜太の席前に流してきた。
コノヤロ。
やっちゃる。
竜太は重ねられたバンカー側2枚のカードの上に両掌を載せると、気合いを籠めた。
そして念じる。
ナチュラル、ナチュラル、と。
そう、博奕は気合いなんじゃ。
深呼吸するとそこで息を止め、カードを絞り始めた。
一枚目は枠がすぐに現れ、これは絵札。
「アシだぞ、アシ」
竜太は祈りながら、二枚目のカードを絞る。
力を籠め、ゆっくりと。
カードを絞っている指先が、白く変色していった。
血流が止まるほど、力が入っているのである。
「アシッ!」
カードの右隅上方に、うっすらと翳が現れた。
アシがついたのである。
「セイピンッ」
再び思いっ切り息を吸い込むと、竜太は叫んだ。
絞る。絞りつづける。
しかし、二段目に翳は現れない。
つまり、セイピンのカードではなかった。
こうなりゃ、欲しいのはサンピンのカードである。
「テンガア~ッ、テンガァ~、テンガァ、テンッ!」
横ライン中央に翳を認めた。
竜太が絞っていたのは、サンピンのカード、すなわち6か7か8だった。
最初の二枚でバンカー側が6ならば、6+条件(プレイヤー側が三枚目で6か7を起こさない限り、スタンド)。
7ならば、そのままスタンド。
8ならば、ナチュラル・エイト。
どんなもんじゃい。
竜太は鼻の孔を広げた。