ばくち打ち
第5章:竜太、ふたたび(31)
「また、飛び込み自殺なんてことはないよね」
とみゆき。
「こういう時、そういうことを言うんじゃない」
と竜太は叱る。
「なんで?」
「博奕(ばくち)ってのは、不安を抱くとその不安の方の結果が出るからだ」
そう、博奕場では「よい予感」は当たらなくても、「悪い予感」の方は的中することが多い。いやになるほど、よく当たる。
ディーラーがシュー・ボックスからカードを抜いた。
もう遅かった。
2万ドルの所有権の移行は、ディーラーの前で伏せられたカードによって、すでに決まっているはずだ。
「わたしが絞るの?」
とみゆき。
「もちろん」
と竜太。
誰がカードを絞ろうとも、その結果はかわらないはずなのだが、バカラとはそういうものでもなかった。
ゆっくりと絞りながら、熱望し切望する数字を、カードに印刷するのである。
そしてこの印刷作業は、勢いをもった者のみが可能なことだった。
これが、バカラの「シボリ」である。
まあ、「科学的」ではない。
博奕は「科学」ではなかった。
繰り返す。しかし博奕は決して「非科学」でもない。
「ハウス、オープン」
バンカー側に流されてきた2枚のカードにまだ触れてもいないみゆきが、いきなりディーラーに命じた。
まずプレイヤー側のカードを開いて、その持ち点を示せ。それをわたしが捲(ま)くってやろうじゃないか、という心意気である。
プレイヤー側の2枚のカードを、ディーラーが細くて長くて白い指でひっくり返した。
「アイヤアァ~~」
と竜太とみゆきの喉奥から、同時に漏れた呻き声。
サンピン6に、モーピンの3が起きている。
3プラス6で、プレイヤー側ナチュラル・ナイン。
もう、バンカー側の2万ドルに、勝利の目はなくなった。無惨な「アイヤア」の展開で確定。
みゆきが剛力でもってナチュラル・ナインを奇蹟のごとくカードに印刷したとしても、「タイ」の結果としかならない。
みさきの身体から空気が抜けていった。
うしろに立つ竜太にも、それが確実に感じられるのだ。
「あきらめるな」
と竜太。
「でも……」
とみさき。
「2万ドルは、まだ死んでいない。首の皮一枚で、残っているんだ」
そうは言っても、ご臨終、と竜太は知っている。
みゆきがバンカー側2枚のカードを力なくめくる。
2枚ともにすぐにフレームが現れ、いわゆる「コンコン」。
真夏1月のオーストラリアで、ゆ~きや「コンコン」、あられや「コンコン」。
竜太はがっくりと首を折った。
「や~だ。やっぱり竜太くんの飛び込み自殺じゃない。もうやめる」
席前に残った6万ドル強の大小のチップをディーラーの側に押し出しながら、みゆきが怒った。
竜太には返す言葉もない。
カラー・アップされたチップをハンドバッグにしまいこみ、みゆきが掌を突き出した。
さあ、さっき貸した1万ドル分のチップをこの場できっちりと現金で返してもらいましょう、ということなのだろう。