第5章:竜太、ふたたび(37)

 竜太の指示に従い、ディーラーが開いたバンカー側のカードは、リャンピンの5にモーピンの2がひっついて、持ち点7。

 竜太の背筋に、一瞬冷たいものが駆け抜けていった。

 刺さったモーピンにテンがついていれば、バンカー側はナチュラル・エイトで、プレイヤー側に三枚目のカードの権利が消えるところである。それゆえ、ほぼ即死が予想された展開だ。

 あぶね、あぶね。

 崖っぷちから逃れたといえども、バンカー側の7の持ち点は強力だった。そりゃそうである。8か9でしか、7を叩けないのだから。

 でも竜太には自信があった。

 自分が選んだサイドが勝つのではなくて、自分が張ったサイドが勝利するはずなのだから。

 それに、バカラ卓には、

「セブン、ネヴァー・ウインズ(7では決して勝てない)」

 という言い回しがあった。

 敵に三枚目のカード、つまりセカンド・チャンスを与えると、回し蹴りが飛んでくることが多いのである。

 呼吸を整え、竜太はディーラーが流してきたプレイヤー側のカードを、あらん限りの力を籠め絞りはじめた。

 一枚目は、横ラインに2点の翳が現れリャンピン(=4か5のカード)だとわかる。

 そこでいったん掌を止め、リャンピンのカードの正体を最後まで確認せぬまま、二枚目のカードに移った。これは、多くのバカラ賭人がやる方法である。

 なぜだかは、知らん。そもそも、既に配られたカードを、わざわざ全力で絞るのだ。なぜか、という問いに正しい解などあろうはずがなかった。

 欲しいのは、もう一枚のリャンピンのカード。あるいはモーピン(横ラインになにも現れない、1か2か3のカード)で、しかも刺さったやつ。

 リャンコ・リャンピン(=二枚のリャンピン)なら、一方が「抜け」てさえいれば、8か9の持ち点で確定する。

 モーピンなら総ヅケで、負けはない。

 神を信じず仏に縋(すが)らず、しかし竜太は祈った。祈るのは、人間の特権なのである。

 頼む、リャンピン。

 竜太が全力を籠めて絞る二枚目のカードの横ラインに、翳は姿を見せなかった。

 とするなら、セカンド・ベストのモーピンの方だ。

 脚がついても、セイピン(=横4列で、9か10のカード)やサンピン(横3列で、6か7か8のカード)なら、プレイヤー側に三枚目のカードは配られるのだが、展開がきわめて厳しくなってしまう。したがってこの局面では、モーピンのカードがセカンド・ベストとなった。

 リャンピンにモーピン。バンカー側とピンの組み合わせでは同様の展開だ。

 敵は、5プラス2。

 上等だ、コノヤロ。

 肺に酸素を補充すると、竜太は1枚目のリャンピンのカードに戻った。

 つけよ、ついているんだぞ。

 テンガアァ~ッ、テンガアァ、テンガァ、テンッ!

 心の中で絶叫しながら、渾身の力を指先に籠めて、竜太はカードを絞った。

 カードの中央部に翳を求めて、ただひたすらに絞る。

 1ミリの数分の一ずつ。

 本当にスローに。

 中央部にかすかな翳が現れた。

 ザマアミロ。

 リャンピンでも5のカードである。ヨーソーロー。

 竜太は仕上げのために、モーピンのカードに移った。

 再び、呼吸を整えてから、胸をいっぱいの酸素で充満させる。

「ガッタオッ!!」

 刺され、という意味の広東語だった。

 モーピンが刺さって(=縦ライン真ん中にすぐに翳が現れる状態を意味する)さえいれば、それは2か3のカードだ。

「ガッタオ」なら、もう負けはない。

 5プラス2で、7のタイ。5プラス3で、ナチュラル・エイトの勝利。

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。