ばくち打ち
第5章:竜太、ふたたび(38)
一般に「ガッタオ」を求める際には、バカラの打ち手は丁寧な絞り方をしない。
縦ラインにカードを五分の一ほど、気合いとともに一気に折り曲げるのである。
そう。
竜太が信じるように、博奕は気合いだった。
念のためにもう一度、
「ガッタオッ」
1万ドル分の大音声とともに、竜太はモーピンのカードを一気に折り曲げた。
他に打ち手の居ないVIPフロアに、竜太の叫び声がこだまする。
んっ?
おかしい。
そこにあるはずのスーツのマークの頭が、出てこなかった。
ん、ん、んっんっんっ!
このカードには、印刷ミスでもあったのか?
印刷ミスじゃなければ、竜太が絞っているカードは、エースだった。最悪のカードとなる。
そ、そ、そんなバカな。
5プラス1で持ち点が6となるので、規則上プレイヤー側に3枚目のカードは配られない。
プライヤー6、バンカー7で、クー(=手)が確定した。
俗にバーベキュード・ポーク「叉焼(チャーシュー)」という状態だ。この呼び方は、広東語での語呂合わせからきている。
プレイヤー側はバーベキューにされた豚となり、バンカー側の勝利である。
起こってはならないことが、起こった。
たとえそれが博奕(ばくち)の本質だったとしても・・・。
竜太はがっくりと首を折り、プレイヤー側二枚のカードを、ディーラーに投げ返す。
「バンカー・ウインズ、セヴン・オーヴァー・シックス」
他に打ち手の居ないVIPフロアに、ディーラーの無情な声が響く。
プレイヤー側のベット枠から、10頭のゴリラが持ち去られた。
俺の1万ドル、俺の1万ドル。
竜太の掌が、ゴリラのスタックに伸びた。
今度は、20頭のベットである。取れば前手で逃げ出したゴリラが、もう1万ドルの嫁さんを連れて戻ってきてくれる。
サイドは?
ここは自分で選んだ。
なぜなら、前クーは、勝手に動いた掌が、間違ったベット枠を選択してしまったのだから。
心の中で、
俺のカネ、返せええええっ、
と叫びながら、竜太は20頭のゴリラをプレイヤー枠に押し出した。
スタックでは背が高すぎて、叩き付けるわけにはいかなかったのだ。
「ノー・モア・ベッツ」
とのディーラーの声で、竜太は我に返った。
これが、「プロスペクト理論」で指摘された罠ではなかったか。
「ウエイタ・ミニット」
ディーラーの腕が左右に振られたあとでは、もう間に合わない。
慌てて竜太は掌でディーラーの動作を停止させた。
俺は、まだ勝っている。それも自分としては、大勝の部に入る勝利である。
それを忘れちゃ、いかんのだ。
ここで、身の丈に合わない2万ドル(=180万円)のベットなんて、盛大な自爆行為ではなかろうか。
竜太に理性が戻ってきた。
新宿歌舞伎町のアングラ・カジノのドブネズミばくち打ちがもつ理性なんて、たかが知れたものだったかもしれないけれど。