第6章:振り向けば、ジャンケット(1)

 20世紀末から21世紀初頭にかけて、地下社会で『マカオ戦争』と呼ばれるものがあった。

 それが始まったのは、香港の行政権がイギリス政府によって北京政府に返還された1997年のころであり、マカオの行政権がポルトガル政府によって同じく北京政府に返還された1999年の秋から冬にかけて本格化した。

 2000年末にはだいたい終結した、と言われている。しかし、地下社会の出来事ということもあり、正確なところはよくわからない。以降もマカオの街には硝煙の匂いが漂っていた。

 戦争の余震は、あとを引きながら微弱なものだったかもしれないが、2002年末までつづいたそうである。

 事情は、こうだ。

 もともとマカオの地下社会は、主に地元マカオに基盤を置いた『水房』と主に香港を縄張りとすると『14K』の共存によって、大規模な揉め事は抑えられてきた。『14K』とは、香港地下組織連合体である「三合会(トライアッド)」を支える有力集団のひとつだ。

 地下社会におけるこの「平和共存」路線は、じつは表の社会も含む経済的要求によって出来上がったものである。

 それはそうであろう。

 基本としてマカオの経済は、カジノ産業の上に成り立っていた。誰だって、治安が悪くて危険を感じる場所で、大金などを持ち歩きたくない。治安が悪いところで、わざわざ博奕(ばくち)なんか打ちたいという酔狂な人はいないのである。

 つまり、マカオを「安全で楽しめる都市とする」というのは、政・財・官そして地下社会を含んだ、共有する目標だった。なにしろマカオ政庁の歳入の60%以上は、カジノに課する税収からきていた。それゆえ、カジノで閑古鳥が鳴けば、マカオの産業および行政が破綻してしまうのである。

 ところが1997年、香港行政権の中国返還によって取り締まりが強化されることを恐れた香港の地下組織が、1999年の返還まで2年の猶予期間を残しているマカオを、続々と目指した。

 時期を同じくして、国民党政権から「二人三脚」の癒着関係を切られた台湾の『幇』も、マカオに活路を求めた。

 一方、大陸の「黒社会(黒幇)」各組織も、返還後の利権を求め、大挙して怒涛のごとくマカオに押し寄せて来た。

 中華人民共和国の一般国民に対して、マカオへの公式な渡航許可が下りたのは2005年になってからだが、黒社会関係者にとっては、そんな規則は鼻くそみたいなものだった。

 マカオ半島は、大陸側の大都市・珠海(ジュハイ)と拱北で陸続きだ。それだけではなく、小型ボートで湾仔を渡れば、1分とかからない。その気になって泳いだとしても、すぐそこがマカオだった。

 大陸からマカオに進出してきた「黒社会」の構成員たちは、相対的にも絶対的にも貧しかった。

 失うものがない。命の値段だって、安いものだ。

 それがマカオというアジアでも有数の裕福で安全な都市に、雲霞のごとく押し寄せてきた。

 地元系組織、香港系組織、台湾幇、大陸黒社会の四つ巴となった「仁義なき戦い」が、利権を求めて開始された。(つづく)

※次回の更新は8/16(木)です

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。