ばくち打ち
第6章:振り向けば、ジャンケット(5)
都関良平(とぜきりょうへい)が代表取締役社長を務める会社の名は、『三宝(サムポウ)商会』という。
マカオの商法に「一人有限公司」という制度があり、株主が一人だけでも、10万パタカ(約140万円)の資本金を当局に示せば、すぐに法人が設立できた。法人登記は、口座への送受金の必要があってしただけで、『三宝商会』がやっていることは、昔も今もまるで「個人営業」だった。
「宮前さんは外港に着くの、それともコタイ?」
「金光飛航ですから、コタイ側ですね」
「あの人なら慣れているから、アテンドはそう難しくない。優子さんにはいい勉強になるだろう。連れはいるの?」
「お連れが二人だそうです。おなじ業界の方だ、とうかがいました。まだわからないことが多いので、そういう際にはアシストをお願いします」
「もちろんだ」
ここ30年近く日本の経済成長はぴたりと止まっていても、良平には日本の業界ごとの浮き沈みが、ジャンケットを申し込む客層で、手に取るようにわかった。
良平がマカオに着いた1999年末、ジャンケットの客はゼネコンと土建屋と金融屋とパチンコ業界の関係者がほとんどだった。森喜朗首相がコケて小泉純一郎に代わると、じょじょに土建屋の客数が減っていった。公共事業の「見直し」がおこなわれたからだった。
土建屋の代わりにマカオのジャンケット・ルームによく現れるようになったのが、貧困ビジネスと特殊詐欺の連中である。
いずれにせよ、ロクなもんじゃない。
しかし、どのように暗い過去をもつカネであろうとも、良平にとっては、それがジャンケット・ルームで回ってくれればいいのである。処女のごとく綺麗なおカネにして、戻して差し上げるのが、良平のビジネスの一部だった。
東日本大震災以降、マカオのジャンケット・ルームで一番盛り上がっているのは、じつは『復興業界』である。死にかけていたゼネコンと土建屋が、盛大に息を吹き返した。
それはそうであろう。たとえば福島の「復興」なら、六次下請けとか七次下請けの会社までつくって、どんどんと税金と東電のカネを中抜きするのだから、札束が噴水のように湧いて出た。
おまけにオリンピックである。
これで、福島の「復興」予算もうなぎ上りに上昇した。
2010年代に入ると、永田町と霞が関の住人が、ちょくちょく現れるようになっている。これは、2013年になって『特定複合観光施設地域の整備の推進に関する法律案(通称、IR法案、カジノ法案)』が、初めて国会に上程されたこととも無関係ではあるまい、と良平は邪推する。
スポンサーは誰なのか不明ながら、政治家や高級官僚たちが、マカオの大手ハウスのジャンケット・ルームで博奕(ばくち)に興じていた。
「それじゃ、わたしは行ってきます。車を使いますので」
「お願いします。ところで宮前さんの送金は確認済みなのね?」
「現金で持ってくる、とメールにありました」
「じゃ、フロント・マネーは不明か。現金って、重いんだよな。でもあの人には実績があるから、大丈夫だろう」
優子が、すこしだけ芳(かぐわ)しい香りを残し、オフィスを去った。
彼女には、まだ客にあてがう女の世話はできないだろう、と良平は思う。
ならば、良平が自分でやらなくてはならない。(つづく)