第6章:振り向けば、ジャンケット(6)

 ホテルのレセプションは、その最上階の38Fにあった。半島側、そしてコタイ・タイパの街並みが見降ろせる。

 宿泊客は最上階でチェックインをおこない、階下の客室に案内された。

 全室スイートで、どの部屋からも海を越して半島側が臨める6スター格付けの「頂級」ホテルである。

 宿泊部屋は216室しかないのだから、マカオではホテルの規模としては、それほど大きいものではなかった。しかし『フォーブス』誌のホテル・アワードには数年連続で選ばれている。

 じつは、このホテルの宿泊予約は難しい。

 なぜなら、客室の80%以上は、年間を通し常時ジャンケット業者に押さえられているからだった。

 都関良平が總経理(=社長)を務める「三宝商会」のオフィスは、ホテルの30Fに位置する。

 このホテルのグラウンド・フロア(マカオではヨーロッパ流の数え方をする)にあるカジノの「ざら場(=一般フロア)」には、狭っ苦しいスロット・コーナーと、バカラ卓が十数台ほどあるだけだった。

 だから事情を知らない客たちは、なんだしょぼいハウスだ、と思ってしまう。

 ところがそれは、大間違い。

 カジノ・コンセッション(=ライセンス)の関係で、まるで邪魔者のように「ざら場」が置かれているだけで、このホテルの客の大半は、プレミアムかジャンケットのいわゆる「VIPフロア」でバカラの札を引いた。つまり、大口の打ち手に客層を絞り込んだハウスである。

 ついでだがこのホテルは、そのヴィラに、朝鮮民主主義人民共和国・金正恩委員長の兄で、クアラルンプールの空港で暗殺された金正男が一時住んでいたことでも有名だ。

 優子からの連絡が携帯に入り、都関良平は5Fに降りた。

 5Fは、ジャンケット業者が共有で使う、広大なフロアとなっている。バカラ卓だけだが、四十数台はあるのだろうか。

 通常、大手ハウスにあるジャンケットというのは、業者ごとの小部屋に分かれているものだ。しかしこのハウスのジャンケット配置は独特だった。

 最大手の2業者にはそれぞれ独立したジャンケット・ルームが割り当てられてあった。だがこのハウスでは、「大手でも中」以下の業者は、5Fの大部屋が、その仕事場となる。

 ひとフロアに、常時4社から5社のジャンケット業者が入っていた。

 良平が聞いたところでは、業者間のバッティングや客の取り合いで、水面下ではいざこざが絶えないらしい。

 優子はデパートの紙袋を下げ、「天馬會」のケイジ(=会計部につながるキャッシャー)の前で待っていた。

「ごくろうさん。宮前さんたちはどこ」

「いま、お部屋に入っています。すぐに降りてくると言っていました」

「で、フロント・マネーは?」

 優子が紙袋を持ち上げた。

 かなり重たそうである。

「いくら?」

「4500万円です。だから一人100万HKDずつのデポジットとなりますね。それを、ほらって、デパートの紙袋に入れて渡されたので、びっくりしちゃいました」

 良平は苦笑いした。

 デパート紙袋には、じつは銀行の帯封がついた新札の1万円紙幣なら2億5000万円までなら入る。

 その昔、一人の打ち手から、2億5000万円が入ったデパートの紙袋をふたつ渡されたことが良平にはあった。

(つづく)

※次回の更新は9/20(木)です

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。